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男と女

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かつての蜜月

かつての蜜月

かつて私にもあなたを殺して私も死ぬという、現実の世界でそんな言葉を使う機会が訪れた奇跡に蹌踉めいては己の奇跡に陶酔し、そうした事態に陥っている運命に恍惚としては悦に入っている時期があった。私は迂闊にも客の一人に嵌まり込んでしまい、彼の居直りに憮然としたまま無意識のうちに包丁を持った手を震わせ、ふらふらとベランダに飛び出したのだが、そのとき見た初台の夜空はこれまで見たどんな空よりも汚らしく白く濁って

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やっと

やっと

俺のことが好きな店員がいると勘違いしていた喫茶店には色々あっていけなくなり、そうこうしていたら近くに新たなカフェがオープン、そこの店員もまたとんでもない美人、ミス○○大学だったということで連日おっさん連中がコーヒー、というよりも、彼女目当てに行列を為しているほど、が、そんなところに自分も混ざってはこれは恥の二度塗り、俺はそんなの興味ないぜ、俺はただのコーヒーラヴァーだぜと、淡々とコーヒーだけを買っ

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駆け落ちず

駆け落ちず

「じゃあ、明日夜が明けたら……。そしたら電話するから。私、もう決めたから。もういいのこれで。これしかないの。隆一、あなたについてくからね。もう全部、家も仕事も捨てて、このまま、このままあなたと一緒になる。それしか、それしかもう……道はないから」

「うん、でも……。ちょっと一つだけ」

「ねえ、絶対一人で行かないでよ!私も行くんだからね!私達は、私達は一緒になる運命なんだからっ!」

「ちょっと、

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カフェ活

カフェ活

ぜってえ俺のこと好きだろと思われる店員のいるカフェに朝昼晩と通い、彼女は彼女で俺が来るのを楽しみにしている様子、店に入るなり「いつもの」カフェを既に用意して待っているほど、もうどれだけ俺のこと知ってんだよ、俺のこと詳し過ぎだろと仕事の合間を縫ってはそこに入り浸っていたのだが、そんな彼女がお話があるんですとカウンターから出てきて店の端へと連れて行かれ、おいおいおいまじかよ、ついにきたかよこんな店の中

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新婚

新婚

もしかしたら男性の方が好きなのかもしれないと、こんなことを告白したところで妻は許してくれないかもしれないが、だからといって隠し続けるのもまたそれは残酷というもの、これからの長い人生を考えたらたとえお互いが別々の道を歩むことになっても、ここでしっかりとけじめを付けた方がいいと相手の男性を呼んで妻と対峙すると、案の定妻は凍り付いてしまい、そりゃそうだろう、浮気をしていました、その相手が男性ですと言った

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旦那ガチャ

旦那ガチャ

「ああ、まただ!」
「どしたの?」
「旦那、捨ててんの」
「え!」
「ね、私だけ?不良品ばっか出てくるんだけど」

皆、ゲス

皆、ゲス

《余命半年という診断を覆し、奇跡的な復活を果たした浩二のせいで私は隆史のことを諦めなければならないがそれも人生、もしかしたらこれで生まれ変わった浩二が私のことを幸せにしてくれるかもしれない。前より優しくなってるし、もうぶったり蹴ったりしなさそうだし。私と浩二、どっちが大事なのよと、そんなことを少しでも思う自分が鬼畜生ではないかと自己嫌悪に陥るほど、隆史は懸命になっていたんだから……》

《まさに奇

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再会

「はあい、奥様、初めまして。すみませえん、旦那様を少しお借りしてますう。そうなんです、そうなんですよ、大学で一緒だったんですけど、当時は全然喋ったことなくて。っていうか全然仲良くなくて。だから、なんですかね、逆に盛り上がっちゃって。もういい大人ですし、まさか、10年後にお互いの取引先として再会するなんて、笑っちゃうじゃないですか。しかも定期的に東京出張してるなんて。こっちとしても飲み友達が増えてラ

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記憶

記憶

このまま、このまま、ずっと忘れていればいいのに、何も思い出さなければいいのに。このまま、このまま、ずっと。このまま何もかも、永遠に、今のまま。そうすれば、彼は、私のもの。ずっと私だけを見ている。私だけが彼を見ている。ずっと。このまま、ずっと。そしてそのまま二人きり。二人だけで歳を重ねて、見つめ合う。このまま。ずっと。

少しずつ、少しずつ、回復している。少しずつ、少しずつ。でも着実に。しきりに頑張

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妹のいる長女

妹のいる長女

ダリ好きの彼女、私の生き甲斐は「恋愛」で、ただそのためだけに生きていると断言するその潔さに惚れてしまったが最後、言い寄る男達を弄んでは同時に僕を悩ませたのだが、そんな彼女は「妹のいる長女」、僕はこれまで「兄のいる長女」としか付き合ったことがないので、それはそれで新鮮だったが、やがてそんな彼女と別れてしまうと、今度はマグリット好きの女性と知り合い、しかしそんな彼女も「妹のいる長女」、自由意志が存在す

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独身、休日、アドレス帳

独身、休日、アドレス帳

それほど親しいわけではないが、とても綺麗な、もしかしたら付き合えるかもとしれないと狙っていた女性と喫茶店で話をしていて、会話の弾みでバブル世代とか氷河期世代とか「○○世代」の話題になったとき、彼女がずっと「ダンコンの世代」と言うので、うわ、それダンコンじゃなくてダンカイだよ、魂に似てるから「コン」って言いたいけど、そこは「カイ」だよと思いながらずっと話を聞いていたのだが、それでも彼女は「ダンコン」

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夜獣

外に女の一人や二人囲うくらいの甲斐性もないのかってこと、だから私と何もできないんだって、何もできなかったんだって、嫁を抱くっていうさ、好きな人とそうなるっていうさ、なんかこんなこと言うの馬鹿らしいし悔しいけど、最低限の夫の義務も果たせないんだって。
夫っていうか男だよね、男としての義務が果たせないんだって、つか義務とか言わせないでよ、なんなのよ義務って、もうほんと苛つくんだけど、なんで私は義務でや

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その、刻

その、刻

何度掃除してもあれだけ汚れていたシンクが、裸電球の光を斑に跳ね返している。奥の和室の畳は張り替えられ、明け放れた押し入れには先月の新聞紙が敷いてある。業者が入ったのは間違いなかった。部屋の匂いは消毒のそれだった。

不在なのは、鍵が掛かっていない時点で感じていた。しかしまさか、部屋の中がモヌケの殻だとまでは想定していなかった。響いた自分の声がまだ耳の奥に残っているようで、唾を飲み込み窓を開け外を

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熱波

熱波

嘘を付いていないのに「それ、嘘だから」という嘘を付く由佳はもちろん自分に虚言癖があることは自覚していて、「私、頭おかしいの」と開き直るのはいつものこと、どうしたところで振り回されるのはこちらの方で、そんな生活にも慣れてきた、と言いたいところだがそうもいかない。
嘘を付かれ続けると一体何が真実なのかわからなくなるが、小さな嘘であれば真偽を確かめることなく流してしまうようになるし、その嘘があたかも真

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