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熱波

嘘を付いていないのに「それ、嘘だから」という嘘を付く由佳はもちろん自分に虚言癖があることは自覚していて、「私、頭おかしいの」と開き直るのはいつものこと、どうしたところで振り回されるのはこちらの方で、そんな生活にも慣れてきた、と言いたいところだがそうもいかない。
嘘を付かれ続けると一体何が真実なのかわからなくなるが、小さな嘘であれば真偽を確かめることなく流してしまうようになるし、その嘘があたかも真実であるかのように現実世界に適応させてしまう場合もある。
幼少期は祖父母に育てられた、両親の顔を知らないと言うのであればそれを真実として受け止めた。実際にどうなのかは知らない。しかし彼女が祖父母に育てられたと主張するのであればそれを前提として会話を進めるが、後日あっさりと両親との思い出を語ったりする。おそらくは普通に両親に育てられたのだろうが、もしかしたらそれ自体が嘘かもしれないと考えるともはやどちらでもよかった。
そもそも俺は由佳が本当に由佳なのかもわからない。自分を由佳だと言うから由佳なのだろうが、免許証や保険証の類いも見たことがない。そんなの今まで必要であったことがないと言うが、俺はそんな人を知らない。いくら車に乗らなかったところで、さすがに保険証くらいはあるだろうと問い詰めても病気になったことがないと話にならない。
どうしてそんな嘘を付くのかと問うたところで、そうしないとおかしくなってしまうから、一種の病気なのと笑う。笑い事ではない、おかしくなるとはどういうことかと食い下がると、うわぁぁとパニック状態になるらしいが、そんな彼女を俺は見たことがない。いつも淡々と冷静に、それが真実であるかのように嘘を付く。病気なら病院に行けばいいと言ったところでそんなのはもう何度も試したし、結局は何かしらの病名を与えられて常習性のある薬しか出されないからと吐き捨てる。
「それが真実、っていうか、嘘ではないっていうことに私は責任持てなくて」
「責任?どういうこと?なんでいきなり責任とか出てくんのよ」
「怖くなって」
「何が?」
「『何が?』って。え、何が?」
「だから」
「『だから』?だからなんなの?」
「何が『怖い』のかって」
「怖い?何が怖いの?なんの話?」
おちょくられているのか本気なのか、もしおちょくられているなら迫真の演技だし、本気ならやはり彼女の言うとおり一種の病気だった。そんな彼女をどうして好きになってしまったのだろう。

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