夜獣

外に女の一人や二人囲うくらいの甲斐性もないのかってこと、だから私と何もできないんだって、何もできなかったんだって、嫁を抱くっていうさ、好きな人とそうなるっていうさ、なんかこんなこと言うの馬鹿らしいし悔しいけど、最低限の夫の義務も果たせないんだって。
夫っていうか男だよね、男としての義務が果たせないんだって、つか義務とか言わせないでよ、なんなのよ義務って、もうほんと苛つくんだけど、なんで私は義務でやられなきゃいけないの、義務でやってるあんたの下でなんであんあん言ってなきゃならないのよ、っていうかあんたもう男じゃないよ、つか人間じゃないんだよ、鬼だよ鬼、そう鬼だよ、この鬼畜生。
同じ部屋にいて同じベッドにいて隣に女がいんのにさ、ビクビク背中向けてこっちの気配に怯えてさ、私がそれを見てどんな気分だったか考えたことあんのかって話、妻の存在に怯える夫の背中を見ていた私の気持ちを一度でも省みたことあんのかって話、眠りに落ちるまでの時間をそうやって馬鹿みたいに固まって稼いでさ、自分はそれで夢の中に突入しちゃえばそれでいいよ、それから私がどれだけ独り暗闇の中で堪えてたかわかるのかってこと。
独りぽつんと暗い部屋に取り残されてさ、寝るのも悔しくて、ただセックスがしたいだけの女と思われてさ、ただやりたいだけの淫乱と思われてさ、あんたみたいに女の気持ちは全く理解しない、っていうか理解しようとも思わない男にこんなに悩まされてさ、もう笑っちゃうしかないよね、っていうかほんと笑っちゃうよね。
知ってる?私、あんたがそっぽ向いてから馬鹿みたいに大笑いしてんだよ、知ってるよね、知らないわけないよね、あんた寝返り打つふりして私の声に反応してるもんね、肩や背中がピクってしてるもんね、頭がおかしくなったと思ってるでしょ、私、ほんとにそうかもしれないよ、だってほんとに心の底から笑ってんだもん、超おかしいんだもんマジで。私何してんの、一体全体私はここで何してんの、こいつ隣で寝たふりしてるよ、私とやりたくないって怯えてるよ、私に犯されるってビクビクしてるよって考えるとさ、ほんと可笑しくなっちゃうよね、まさか私がそんな風に思われるなんてさ、女として生まれてきてさ、男相手に性的な恐怖を与えるなんて思ってもみなかったって、ほんと馬鹿みたいで笑えるよね。
そりゃ若いときのセックスなんていい思い出ばかりじゃやないし、別に今さらあんたに最高の思い出を期待してるわけでもないんだけどさ、まさか自分がレイプ魔みたい扱われるなんて思ってもみなかったって、そんなこと考えてたらお腹がよじれるくらいおかしくなってさ、実家の両親の顔とかお兄の顔が浮かんできてさ、さすがに親兄弟にこんなこと言えないしさ、誠二が私を女として見てくれないんだけど、私に全く関心がないんだけど、私とやってくんないんだけどなんて言えるわけないしさ。
つか私、どうしたらいいの?誰に相談すればいいの?って、東京で頼りにしてた男が私に怯えてるし、こいつを頼って東京に嫁いだのにまさかのそいつが私をレイプ魔扱いしてるし、私、何やってんのってさ、っていうかあんたの最初の勢いを考えると、私にバレずに外で男気を振りまいているくらいの男だと思ってたのにさ、それくらい荒々しい人だと思ってたのにさ、なんなのこれ、なんなのこのウジウジした男は。
こんな男だと思ってもみなかったって、ここまで何もできない男だとは思ってもみなかったって。
つかさ、もう何も期待してないんだって、男のあんたが家のことを器用にできるなんて思ってないんだから、外で稼いでくればそれでいいんだから、一所懸命お勉強してやっと大きな会社に入ったんでしょ、みんなが遊んでるときに独りで頑張ってたんでしょ、だからさ、たった一つ、たった一つだよ、もうさ百歩譲って義務でもなんでもいいからさ、夜のそれさえあればなんとかなるんだって、私達まだ三十代だよ、それさえあればなんでも解決して仲直りして前向きになれる歳なんだよ、わかってんの? え?
わかってんの?
わかってて何もしないって馬鹿なんでしょ、馬鹿っていうかもう頭おかしいよね、おかしいとしか思えないって。もうさ、何もできないなら死んじゃってよ。それくらいならできるでしょ。保険入ってさ、適当にどっかで野垂れ死んでくれればいいから。

ね。


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