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掌編小説

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140字から始まる超短編小説です
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2020年12月の記事一覧

祈りの音【掌編小説】

祈りの音【掌編小説】

津波のあとは、静寂だけが残った。

何もない。街も、道も、笑いさざめく声も。
がれきとなった地を、わずかに生き残った人達が歩く。着の身着のまま、あるいは小さな荷物を持ち。
影のように。うつろな顔で、黙って。

ふと、風に乗ってなにかが流れてきた。

浜辺にピアノが。水に洗われ、砂に半ば傾いている。
それを誰かが弾いている。

なんの曲なのだろう。その人が泣いているかは見えないけれど。指は、楽器がこ

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ドキドキのお誘い【掌編小説】

ドキドキのお誘い【掌編小説】

社内の気になる先輩が、車の免許を取った。
新車か中古車のどちらを買うか、同僚と話している。
「傷つけないように気をつけるから新車」
「ぶつけても心配ないから中古」
「迷うなー」
先輩は笑いながら、私のほうに来た。
「助手席に人がいると、運転が上達するんだって。こんど乗ってくれない?」

はじめての雪【掌編小説】

はじめての雪【掌編小説】

雪が降る。まわりの風景が白く変わる。ふと、自分はどこにいるのだろうかと思う。ここで窓の外を見ているのは、本当に自分なのか。ここは過去の世界ではないのか。

子供時代。
初めての雪にはしゃいだ自分。
「ねえ、あれは何?」
「雪だよ」
ドアを開けながら答える父。
「ゆき?」
「空から降ってくるんだ」
「わあ……」
雪やこんこ、と歌いながら庭を回る自分。それを見守る父の姿。母は台所で食事の支度をしており

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