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人生モラトリアム『奏』⑥深闇

雨の日が続いている。
本格的に梅雨入りした模様。
梅雨が明けたらもう夏だ。
このままジメジメが続くのも嫌だし
かといって灼熱の夏がまた再び訪れるのも嫌だ。
結局、人間はいつだって『ないものねだり』
ばっかりなのかもしれない。




2018年3月中旬
雷鳴が脳内で神経シナプスを切り裂いて以降
ぼくはまたもやうつ病となってしまった。
見える景色はまたブラウン管テレビの砂嵐のように…
不運は繰り返してしまったのだった。

もしも反省するならば…
①再就職するにあたって無理をし過ぎてしまったこと。
②うつ病が治っていない状態で無理に就職活動を続け
幸か不幸か再就活が決まってしまったこと。
③今度の職場では『絶対に成功させたい』
『前回のような失敗は絶対にたくない』と強く意気込んでしまったこと。
④仕事が始まり忙しくなってしまったのを言い訳に
勝手に通院を止め、抗うつ薬等の服用を止め
まるで『もううつ病は治りましたよ!』と自分自身思い込んでしまったこと。
⑤うつ病に『完治』という概念はない。
あくまで『寛解』したと少なからず思い込んでしまったこと。
⑥パワハラやモラハラ等『違和感』を感じていたのにも関わらず
『きっとこれは自分が成長するために必要なコトなんだ』と
謎の超プラス思考変換をしてしまったこと…
挙げればキリがないのだが
とにもかくにも
反省点しか見当たらなかった。
特に④が決定打だった。
主治医に相談もせず、勝手に判断してしまったことで
ここまで悪い方向に進んでしまうとは、思ってもいなかったのだ。
結局『うつ病』を甘く見てしまっていたのだ。
そして『自分は乗り越えられたのだ』と錯覚してしまったのだ。
あれだけ苦しい思いをしたのに
二度と同じ経験をしたくないと強く思っていたのに
それでもまた繰り返してしまったのだ。
正直なところ、直接的な原因は、上司のパワハラであったり
職場環境であったり『仕事の面』にあるはずなのだが
おそらく自分自身のパーソナルな面
①物事の考え方や捉え方
②今までの生活環境(プライベート、仕事の両面)
③親からの遺伝的要因(特に母親から)
にも大きな問題があり
ここ数年というよりも、社会に出て数十年経った後…
順調に日々無理を積み重ねていった結末にも思える。
自分が『正しい』と努力し続けた結果が、コレである。
色々と試行錯誤し、理想を追い求めた末に陥った結果が、コレである。
今、冷静に振り返ってみると
少しずつ少しずつ
『正しい』と思って努力していたベクトルが
少しずつ少しずつ
『良からぬ方』へとズレてしまったのかもしれない。
何をするにも『土台』が大切だ。
『努力は必ず報われる』と誰かが言っていた。
自分もそれを信じていた。
もしかするときっと本当は
『正しい努力を続けられた者だけが、いつかきっと報われる』
なのかもしれない。
あとは単純に20代に無理をし過ぎたのかもしれない。
朝6時半から夜24時近くまで働き続けたり…
毎日睡眠時間3時間だったり…
人手足りないから12連勤しちゃったり…
当時は全く気付かなかったけれど
食事もかなり栄養バランスが偏っていたし…
休みの日は疲れて何も出来ずに死んだように寝て過ごしてばかりだったし…
仕事で成果を上げるためだけに生きていたから…
そのやり方しかわからなかったから…
それ以外の人間関係とか本当にどうでも良いって思っていたし…
自己中心で歪んだ日々を過ごしていたように感じている。
その時はその時で『本気』だったし『正しい』と思っていた。
結局は『結果論』になってしまうのだが
『うつ病』を患い、苦しみ、本当の自分と向き合わなければならなくなった。
そのおかげでもしかしたら、まだぼくは『生きていられている』のかもしれない。

数年先の自分は果たしてどう思っているのだろうか。
極論、病気になってしまったことに関しては、一切後悔していない。
『今、人生のどん底にいるな』と感じることが出来たから
だからこそ初めて『光』を感じることが出来たのかもしれない。
何度だって立ち上り、這い上がってみせる。
今ではそう思えるのだが
『その時の自分』がそう思えるには
まだまだたくさんの『時間』と『出会い』が必要だったのだ。


続。

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