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建築家 石上純也設計 『maison owl』 での晩餐

maison owl』に着き,敷地へ降りていく瞬間の高揚感は忘れられない。
建築に携わっている者ならもちろん,建築に携わっていない者でもこの洞窟は雑誌などで目にしたことがあるかもしれない。それほどに印象的で,特別な存在。「1万年前からありそうで1万年後にもそこにありそうな」をコンセプトに創造された空間は,訪れた人の記憶には確実に残り続けるだろう。

まず建主から「できるだけ重々しい建築を設計してほしい」との要求があった。「時間と共にその重みを増していくような建物がほしい。ツルツルのものではなく、自然の粗々しさを含むような建物。本格的な料理にはそういう空間が必要なんだ」「昔からずっとここにあるようで、これからもあり続けるようなもの」と。

建築家 石上純也氏

設計図通りに人手で穴を掘り,コンクリートを流し込む手法はとてつもなく時間と手間をかけた建築手法になった。穴を掘り,雨が降れば2日をかけてポンプで水を抜くという自然との戦いでもあったとオーナーは教えてくれた。最終的には構想から竣工まで7年を要したそう。この凄みはこの映像を観てもらえれば伝わるだろう。

最初の計画では土は洗い流し,コンクリートの灰色の躯体が現れるイメージだったそう。しかし,土がこびりついている状態がとても印象的で残すことになった。コンクリート表面に残った土はその土地の記憶をそのまま残す姿となり,あたかも1万年前から存在していたかの様な空間を創り上げている。土の表面はコーティングで固めているそうだが,触れば土の感触が伝わる自然な感触。

この空間の中で一際は目を引くのがガラスの存在だろう。躯体の形状を 3D スキャンでデータ化し,その形状に合わせてガラスを制作。キッチン部分にある一番大きなガラスは国内では製造ができず,中国で製造して運んできたそう。搬入時や開閉時にガラスが躯体と接触しないかも事前に 3D スキャンデータから検証を実施している。確かに変えの効かない特注ガラスは失敗が許されない準備が重要な作業。全てのガラスはサッシの様なものは一切なく,外との繋がりを感じさせる開放感を演出している。

空間には石上純也氏のこだわりが詰まっている。空間だけでなく,椅子やテーブルなども石上純也氏が設計して空間全体を創っているそう。オーナーシェフ平田さんは「彼は妥協ができないんだよね。」と言ってそのこだわりを許容し実現してきた。この建築,空間を体感すると,その決断も普通に話してくれるが並大抵の決断ではないことは容易に想像できる。この建築、空間が石上純也氏の凄さだけでなく、オーナーシェフの平田さんの凄さの掛け算でできているのだと実感する。


この空間を創りあげているディテールにはオーナーシェフの平田さんの友人のクリエイターの創造も散りばめられていて,料理,空間を最後の1ピースとして創りあげている。細部まで拘りが敷き詰められていてもそれは主張するものではなく,空間と馴染んで調和を促しているように思える。

メインの料理は地元の食材を中心としたフレンチ。ひとつひとつが美しく美味しい幸せな時間。料理に合わせて頂くワインも今までに感じたことがほどに美味しい。料理とワインが共に引き立て合い,こんなにも相乗効果が生まれるものなのだと感動した。お酒が強くはない自分への計らいで,最初にノンアルコールのオリジナルティーを食前に用意してくださった心遣いにも感動を覚え,幸せな気持ちで料理に入ることができた。

maison owl でのディナーは夕暮れ前の時から始まる。食事が始まる前に,是非洞窟内を散策してくださいと空間を愉しむ時間を用意してくれる粋なはからいがある。maison owl に辿り着いて高揚した気持ちを落ち着けて食事に向かう準備としてとてもいい時間になる。ゆっくりと進む食事は,洞窟に差し込む刻一刻と変わる光と空間の表情を楽しみなが進む。一番光が綺麗な時間にはまた洞窟の雰囲気を愉しむための散歩の時間が用意されており,料理だけでなく空間を含めて体験を愉しんでもらうというオーナーの心粋が体現されている。日が暮れてキャンドルの灯りで過ごす洞窟もまた素敵で,料理,ワイン,音楽,空間が非日常で心地よい時間に仕立て上げてくれる。忘れられない至極の体験。

現在は,まだ完全予約制でインビテーションがないと予約をとることができない。その中で建築の見学で敷地を訪れることは強くお断り申し上げられている。近隣は住宅街で,見学のために訪れるのは近隣の迷惑になるため,現在は見学はもとより取材も全てお断りしているそう。maison owl が空間のコンセプトと同じように1万年後も存在し続けていることを願って,静かに在り続けますように。


今回の旅で使用した撮影機材は SIGMA の fp L に,洞窟内の暗さ,キャンドルの灯りで過ごす夜を考慮して明るめのレンズ3本と共に訪れた。空間を捉えるには広角かつ明るいレンズがまずは必須になる。SIGMA I シリーズのな中でも F2 ラインの SIGMA 20mm F2 DG DN | Contemporary を選択した。標準域は明るくボケ感もきれいな SIGMA 35mm F1.4 DG DN | Art を、そして料理やワインを捉えるのは SIGMA 50mm F2 DG DN | Contemporary を選んだ。



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