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【文学フリマ】海と月と狼と 試し読み

文学フリマ香川で販売する短編集『家に帰ると電気が止まっていたアンソロジー』より「海と月と狼と」の試し読みです。


 七月も半ばになると夕暮れ時(どき)でも、うだるような暑さは変わらない。

(……太陽光発電にも厳しい季節だなぁ)

 仕事で訪れていた大学からの帰り道。周りに見える住宅やマンション、飲食店などありとあらゆる建物の屋上に設置されている銀色に光る太陽光発電のためのパネルを見て朝陽(あさひ)はそんなことを思う。

 日差しが強く、日照時間も長くなる夏は太陽光発電には適していると考えられがちだが実は違う。太陽光パネルは熱に弱く、熱くなりすぎてしまう夏は発電量が減ってしまうというのが現実だった。

 それでも太陽光発電に頼らなければ生きていけないのが今の日本であり、日本に住む人々とその暮らしだ。十数年前、地球温暖化対策や自然環境保護の観点から国際会議で原子力発電と火力発電を禁止する採択が取られた。それにより、現在の日本では水力発電を主軸に風力発電や太陽光発電などサスティナブルな発電のみが行われているが、当然電力は足りない。足りてない分は各家庭や企業が各自で発電するか、電力パック(課金システムみたいなもの。少し値は張る)を購入して補っていた。

 そのため、新しく且つ安定的な発電と供給は国にとって急務であり、政府主導のもと、各電力会社や研究機関で競うように開発が行われていた。
 朝陽が勤めている天の川(あまのがわ)電力もその一つで、会社の研究室に朝陽は所属している。今月は共同研究を行っている大学がある地方都市に短期出張で訪れていた。

(やっぱり東京よりは多少涼しいのかな)

 冬になると、この辺りは一面が銀世界に埋もれる豪雪地帯と化す。それに東京から来た朝陽はヒートアイランド現象から逃げる形になっているので都会と比べれば少しばかり気温も涼しいのだった。とはいえ、北海道にいても猛暑日を記録するような国なので大差はないのだが。

 会社が契約しているマンションに帰って来た朝陽は部屋の扉のドアノブに手を伸ばして回す。が、鍵がかかっていて回らなかった。
 どうやら今日は同居人もまだ帰宅していないらしい。
 まだ仕事をしているのか、どこか出かけているのか。

 いずれにしても、朝陽はカバンから鍵を取り出して扉を開けた。そして靴を脱ぎながら、つい無意識に電気のスイッチを押してしまったことに気づく。昨日は帰りが夜九時と遅くなったので電気が必要だったのだが、今は夕日が残っていて十分に視界は明るい。必要のない電気はなるべく使わないようにしないと、とスイッチを消した朝陽は何か引っかかるものを覚えてふと眉を寄せた。

「……ん?」


(――続く)


WEBカタログはこちら


海と月と狼と』(はるはる)
電気クラゲ発電の研究のため、朝陽は同僚の年下女性と1か月の出張に訪れていた。
同じマンションで暮らしていくうちに彼女のことを少しずつ知っていく。
ある日の夜、海と月と狼を見た朝陽の心は揺れ動く――。
(社会人百合×SF)


会場にお越しできない方は、後日BOOTHにて電子版を販売する予定ですので、そちらをご利用ください!

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