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「ボーッとする時間」は自分らしい判断を取り戻す        

普段は仕事で論理的な文章ばかり書くからこそ少し抵抗があるけれど、エイッと手放し筆を進めてみる。


今日は、最近感じた抽象的な話でも書こう。

ちょっと前まで、私はなぜが気分が上がらないなぁと、どんよりしている時期があった。感覚的な問題なので、少し言語化が難しいが「なんか、今あまりよき状態ではない」と感じるとき(だから多分noteも書けなかった?)。

表面上は通常通りなので、他者からは見えにくいし、自分でも頭で考えるとおかしくない。一応、休みの日も設けている。

だけど、何か引っ掛かるとき。
でも、理由がうまくわからない……。

そういう感覚が生まれやすいときは、きまって心の余裕、スケジュールに余白がないときだ。そして最適な選択ができないことが増えて、あとで「あ、違ったかも……」と思うとき。

「直感」というと、スピリチュアル的なことだと感じる人もいるだろうけど、別に特別なものではなくて、本来誰でも備わっている本能的なものだと思う。

たとえば何かを選択するとき、

「(私の場合は)こっちがよさそう」
「あれは(私の場合は)やめたほうがいい」

などと根拠なく感じるときって、誰でもあるのではないだろうか。頭で考えるのではなく、なぜか直感的にスッとわかるという感じ。

だからこそ、普段から自分にとってのベストを選択するために「意識的に心にスペースを空ける」のが必要なのだろうなと最近感じた。

人は、ときに間違えるし、気をつけていても(特に苦手なことは)同じことをくり返してしまいがち。

だからこそ、普段から少し時間をつくり、ボーッと落ち着くと視野が広がり、最適な選択ができる気がする。心にスペース開けるのだ。

また、人と話して、言葉でアウトプットしてみると「あ、私って本当はこんなこと感じていたのだ」と気づき、本音や次の指針や明らかになることも多い。

焦りや不安、義務感、誰からの言動の影響などではなく、もっと自然な自分なりの答えがフッとわかる。

「見つかる」というより「わかる」のだ。

いま何をすべきかわからない、答えが出ない、選べない……などと感じるときは、一旦心に余白をつくることをしてみるといいかもしれない。

淡路島と明石海峡大橋。天気が悪くて見えにくかったけど、行けてよかった!


先週、詰め詰めのスケジュールの合間に、敢えて少し遠出をしてみて、今後のことでハッと気づくことが多々あった。

都会には、こんなに多くの人がいる。

感動するおいしい食べ物がある。

キレイな景色がたくさんある。

この街にも、人との温かい交流がある。

そんななか、自分は「今後何を見ていきたいのか」って考えると、自分に最適な選択が見えた。

なんとなく重たくなっていたものが、帰るころにはスッ軽くなったのだ。

視野がグーっと狭くなっている自分にも気づけて、目の前のキレイな景色や人、食べ物にたくさん励まされた気がした。

以前、この記事を書いたときも旅に出たときだった。フッと自分の中から「わかった」と感じることがあった。

直感は、余白をつくるから研ぎ澄まされる。
余白がないと、人は直感が鈍ってしまう。
すると、本来の自分らしさボヤけて自分らしい道が選べなくなる。

なんとなくスッキリしないのは、自分のパワーが減っているときなんだ。

あなたは誰かの声、評価、価値観や義務感などに流されていないだろうか。自分のエネルギーがすり減っていないだろうか。

そんなときは、余白をつくったりいつもと違う場所に足を運ぶんだりすると、自分らしい判断や気づきが得られて、物事がスーッと進むのかもしれない。

直感に従うと、きまって勇気を出さなければいけない場面や怖いことが多いけれど、乗り越えるとスッキリする。エネルギーが戻ってくるので、勇気を出した行動もできる。

最近、ちょっと遠出をして気づいたことだ。

だから皆、旅行とか定期的に行くのだろうなぁ。感覚的に、リフレッシュが必要なタイミングを知っていて、メンテナンスしているのかもしれない。

「休み上手」が今年の目標。
まだまだ、余白づくりは下手くそである。

でも、休むからこそパフォーマンスが発揮して、仕事や家族にもこの文章を読んでくださるあなたにも、良き影響を与えられる。結果、まわりもしあわせにできる。

今月は東京にも行くので、また何か気づいたらnoteにシェアしますね。楽しみだな。

読んでくださり、ありがとうございます。

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