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日本修行編 第8話

死にたい夜にかぎって...


満席のあるディナーの最中...
「ウィ シェフ!」
オーダーを確認し、食べ進めるスピードを目の端で捉えながら、サービスが次々と声をかける「3番のメインお願いします!」「1番のリー・ド・ヴォー、モワチェ(半分)です!」・・・


アミューズ(突き出し)と冷前菜に追われる2人のドレッセを手伝いながら、デシャップ(盛り付け台)の下のディッシュウォーマーから皿を出してはヒートランプをすぐに下げ、タイミングを見計らいながら皿を並べ、真後ろの火口とデシャップの間を軽快にクルクル回りながらさばいていく。
灼熱の中、キレッキレに冴えわたる頭と手と舌。
**「シェフ、...番の豚からお願いします」「次、1番のいきます」 **

**「ザグッ・・・、っつぅ...」 **

オーブンから肉を取り出そうとしゃがみ、左手でオーブンを少し開き、右手でフライパンをつかみ取り出す瞬間、2番目のコックコートのボタンにかけていたピンセットが外れ、フライパンをつかんでいた右手首と胸の辺りでピンセットを挟み込んでしまい、3cmほどピンセットの先が手首に刺さった...
「ハッ・・・」っと一瞬目を疑ったが、満席のピークの営業中だ、とっさに自分で引き抜いた...
痛みは感じなかった。
営業後、掃除を終え帰宅しシャワーを浴びると、少し痺れを感じてきた。
そのまま、気付いたら落ちていて朝になっていた。
「んっ?・・・」
右手が昨晩より痺れ、感覚がおかしく、とりあえずテーブルの角に掌をぶつけてみもボヤけた感じで痛みが鈍い... 感じにくくなっていた
さすがに不安になった僕は、お世話になっているお医者さんのお客さんへメールをし、病院を紹介してもらった。
店にも連絡をして、急いで病院で検査をしてもらうと、神経が損傷している可能性があります、と...
その日から、様子を見るためとまず1週間ドクターストップがかかり、仕事を休むこととなった。

1週間後、再び診断に伺うと症状は改善どころか悪化しており、その先生から大学病院の手の手術の専門医を紹介してもらい、手術をした方がいいと勧められた。

次第に感覚がなくなり、痺れもなくなっていった

正中神経剥離術

医療ドラマと同じだ... 手術の日、口に呼吸器を当てられ、注射が血管に刺さらなかったらしく、手の甲から打たれた
地味に痛い。
「絶対寝るもんか」と気合を入れるも虚しく
光る天井と、両手を構えるお医者さんの姿が次第に光とともにボヤけていく。

目が覚めると、いつもの病室の天井がうっすらと見えてきた。
麻酔が効いていますのでっと、鎮痛剤と抗生物質を置かれ、右手を上げてみた。

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手術は成功したらしい、でも元のようになるには長い回復期間とリハビリは必要、それでも完全に元のようになるのは難しいかもしれないと...
傷ついた神経を治すのに、手首の靭帯を切っているため、腕力が伝わらず、術前68kgあった握力はスプーンどころかペンも持てない程になっていた。

「なんで、こんな目に合わないといけない... なんで、自分だけ」と病室のベッドの上で深く鈍い紫色のような感情が目の前を廻る。
「いっそのこと...」
そう考える日も増えていった。
今まで耐えてきた、頑張ってきた修行の時間を涙とともに思い出してくる。

退院の翌日は、ソムリエ試験の1次試験だった。入院中で勉強する時間は死ぬほどあったが、生気を失っていた僕はまるで手をつけていなかった。
案の定、右手でペンすら持てない僕は左手で試みるも、時間内に回答を終えることもままならず、試験は落ちて終わった。

どんなに痛みと悲しみ、悔しさがこみ上げてきても、なぜか美味しいものを食べたいという欲だけは失わなかった。
おいしい食事をしている時だけ、つらさも痛みも全部忘れられる。
やっぱり料理するしか生きる道はないんだ。
そう気づいた時、少しずつ体に活気が戻ってきた。
苦しい時も、辛い時も、悲しい時もやるせ無い時も、おいしいご飯、甘いデザート、暖かい紅茶を口に運ぶと優しさに包まれる。

死にたい夜にかぎって、おいしいご飯を

料理ってすごいな、生きていく活力にもなる。
仕事ができない休職中の間には、2019年末に恵比寿で独立したすし良月のオーナーであり料理長の友達が当時働いてた鮨屋へ食べに行ったりした。

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僕が働いているレストランで初めて1口味見したときに衝撃が走るほど感動した、愛媛の漁師さん 藤本さんをシェフに紹介していただき、その友達と愛媛 今治へ伺わせていただくこととなった。

藤本さんの元で、僕はこれからの料理人人生へ多大なる影響を受けるほど命とおいしさに感動していく...

To be continued...

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料理人である自分は料理でしかお返しできません。 最高のお店 空間 料理のために宜しくお願い致します!