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【短編小説】夜桜と純米、春の天ぷら。




葉桜が春の夜空を彩っていた。



それはさながらかき揚げのようだった。



かき揚げ食べたい。



控えめに花びらを散らす桜の木を見ながら暖かな風に包まれた。



そうだ、純米にしよう。



珍しく買い物の前に今日のご飯が決まった。



軽やかな足取りで買い物を済ませ、いそいそと帰宅する。



買ってきたものを台所に並べた。



部屋のベランダからは桜の木が見える。



よく見えるわけでもないが、雰囲気を楽しむには十分だろう。


そういえばどこにしまったかなと押入れの中からキャンプ用の椅子とローテーブルを取り出した。


これこれ。


お花見セットを用意してからご飯の準備に取り掛かった。



今日の主役は春の天ぷら。


まずはホタルイカの目とくちばし、軟骨を切り落としていく。



菜の花、筍、三つ葉、新玉ねぎをほどよい大きさに切り、材料に小麦粉をまとわせる。


揚げ衣を作り、春の食材たちをくぐらせた。



油をコンロで温める。


あ、なくなっちゃった。新しい油買ってこなきゃ。



菜箸に衣をちょこんとつけて温度を確かめる。



ぽちゃんと沈んだがあのジュワジュワした音が聞こえない。



まだだ。



回し忘れてた換気扇を慌ててつける。




少し待ってもう一度沈めると今度は心地いい音がぱちぱちと聞こえてきた。




今だ。




適度な大きさに整えた春のタネを油に優しく沈めた。


心地の良い、春が揚がる音が聞こえる。



少しフライング気味にお酒を開けてしまおう。



純米酒をおちょこに注いで揚げ物のお世話をしながら一口すすった。



深呼吸をするとふくよかなお米の香りと甘みが鼻孔を抜ける。



揚げ物の香ばしさと混ざり合って、つまみの夜桜が恋しくなった。



揚がった天ぷらをわさび塩とともにベランダに運ぶ。



窓を開けると暖かな春の風が吹き込んできた。



夜風と純米の香りが肺に流れ込む。



吸って



吐く



豊かだ。



わさび塩を少しかけて、春の天ぷらにかぶりついた。



サクッと歯が衣を切る食感。


ぷりぷりのホタルイカと三つ葉の香り。

菜の花の苦味にわさびの刺激がのり、お酒が進む。


もう一度純米をすする。



深呼吸をする。





ベランダに吹き込んできた春の夜風は、


幸せな週末の始まりを知らせてくれた。

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