【短編小説】モヒートと迎える週末
今週も金曜日がやってきた。
いつもより早く仕事が終わり、週末を迎えられる喜びとともに春の暖かさを感じながら帰宅していた。
そうだ、気分がいい日はもっと気分良くなろう。
近所のスーパーに寄ると、鮮魚コーナーに半額のタコが堂々と鎮座していた。
さすが足の本数が多いだけあって、他の食材と比べても面構えが違った。
これ以外の選択肢を検討するまでもなくタコを手に取っていた。
これはもはや選ばされていたといっても過言ではない。
しかしこの茹でられただけのタコをそのまま食べるのは味気ないし、一体どう調理しようか。
たこ焼き、たこめし、唐揚げ、酢だこ、カルパッチョ…アヒージョも捨てがたい。
悩みながらスーパーをうろうろしていると、青果コーナーであるものが目に止まった。
スペアミントだ。
素人はこれを歯磨き粉と呼ぶが、逆だ。
歯磨き粉がミントの味になんだ。
ミントとタコ、またもや検討するまでもなく答えは決まっていた。
自家製モヒートとタコのセビーチェ。
これだ。
セビーチェというのは、新鮮な魚介をレモン、スパイス、玉ねぎ、トマトとあえたペルー料理である。
含まれている材料は地域によって異なるが、スパイスの効いた魚介マリネという認識でほぼほぼ間違いないだろう。
当然、モヒートのさっぱりとしたミントの爽やかとは相性抜群だ。
味を想像しただけで口の中が潤う。
残りの材料を買って足早に帰宅した。
せっかくラテン系の料理を作るんだ。気分をあげるためにもボサノバをかけよう。
陽気なラテンの音楽がキッチンに流れる。
音楽に合わせてリズミカルに材料を切っていき、ボウルの中で踊るように混ぜ合わる。
一口味見しただけでお酒が欲しくなってきた。
……我慢、我慢。
少し冷蔵庫でなじませる間、モヒートを作ることにした。
ライムに三温糖を加えて潰し、スペアミント、氷、ラム、順番にグラスに入れる。
最後に炭酸水を加えると、コップの中の材料と反応して踊るように泡が跳ね上がった。
楽しよね。分かるよ。
炭酸と心を通わせつつ、先程のセビーチェとともにテーブルに運んだ。
いただきます。
レモンの酸味とスパイスの辛味、タコのぷりぷりとした食感に、きゅうり、玉ねぎがシャキシャキとハーモニーを奏でる。そこに甘いトマトがやってきて、まるで口の中でサンバを踊っているようだ。
先程我慢した分、モヒートを豪快にごくごくと喉に流し込んだ。
くぅ。これだ。
この組み合わせが欲しかったんだ。
もう一口セビーチェを食べると、意図せず唐辛子にあたってしまった。
辛さに悶ながらモヒートをもう一口飲むと、先程の辛さと組み合わさって、さわかやな風が吹いた気がした。
そうは言っても辛いものは辛い。
2杯目のモヒートを作りながらこんなにぎやかな金曜日も悪くないと思った。
今週の私を楽しませてくれてありがとう。
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