【短編小説】空飛ぶクジラ【期間限定無料】
普段の自分からは信じられないほど早い時間に目が覚めてしまった。
いつもはとってもねぼすけな自分からは信じられないほど空がまだ白んでる頃だ。
特に寝心地が悪かったわけでもないが不思議と目は冴えている。
カーテンを開けると窓から見える山際にクジラが泳いでいた。
しっぽを脈打つようにゆっくり泳いで前進していく。
早起きするとクジラが空を飛んでるのか。
そんなわけないのに妙に納得をした。
これが早起きは三文の徳ってやつなんだなあ。
空に浮かぶクジラを見ただけなので三文どころか一文しかないはずなのだが、これ以上ないほどの運の良さはもはや三文など遥かに超えていた。
せっかく早起きしたし散歩でもしよう。
クジラをもっと見ていたい一心で上着を羽織り、そそくさとサンダルを足に引っ掛けて家を出る。
朝というのは大変冷え込むもので、普段昼から活動している身としては妙に懐かしさを覚えた。
小学生の時の朝ってこんな匂いだった気がする。
大人になった自分は空に浮かぶクジラを見ながら散歩をしているよなんて言ったらあの頃の私は信じられないほど羨ましがるだろう。
クジラは月より早く、星よりも遅い速度で悠々と空を泳いでいた。
どうせならコーヒーでも持ってくればよかったななんて贅沢な後悔をしていると、クジラが体をのけぞらせて大きく鳴いた。
それはご近所さんを全員起こしてしまいそうなほど大きな音で、この時間を独り占めしたい私にとっては大変困ったことだった。
しかしそのクジラの鳴き声は大変優しく、懐かしさすら覚える。
クジラから産まれてないはずなのにお腹の中で聞いていた時のような安心感。
口を開けて大きく鳴いたそれに吊られて自分も思わずあくびをした。
眠たい目を擦り再び開けると、クジラが山際に潜っていくところだった。
まるで波飛沫を立てて自分の住む海に帰って行ったかのようだ。
それから呆然と空を眺めていたが、待てど待てどクジラはもう現れなかった。
世界が動き出した気配があった。
道に人が歩いてるのがちらほら見え始め、街が動き出している。
独り占めしていた自分とクジラの時間は終わってしまったのだ。
もう一眠りしよう。
寝る前に見たものは記憶に残りやすいと何かで読んだことがある。
もしかしたらクジラが私を起こしたのかもしれない。
そう信じてクジラの思い出と共に再び眠りについた。
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