さかしま

辞書を引いて出てきた言葉をテーマに1日1つ物語を書きます。

さかしま

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最近の記事

「砂場」

午後2時の小さな公園は閑散としていた。 拓也はスーツ姿で一人、木陰にあるベンチに腰掛け、ぼんやりとしていた。 目の前には小さな砂場があり、ルルくんが遊んでいる。 拓也は会社を辞めてから1週間、午後は毎日この公園で時間を潰していた。 ルルくんは毎日、午後2時にやってきて3時まで砂場で遊ぶ。一人で。 右手にスコップを持ち、左手はいつも軽く握られていた。 ルルくんは砂場に穴を掘り、左手の中で握っていた何かを穴に埋める。 埋め終えると、いったん砂場の外に退場し、両手で顔を覆い、数を数

    • 「レジ」

      私はレジが苦手だ。毎朝、会社に行く前に決まってコンビニに寄る。オフィス街にあるそのコンビニは毎朝混んでいる。私はお決まりの梅おにぎりと野菜ジュースを手に取りレジに並ぶ。ここまではいいのだが、列が進み、レジの前に来るといつもうまくいかないのだ。商品を差し出し、その間に財布を開く。会計金額を言われ、そのとおり出そうとするこの瞬間、私の頭はいつも混乱してしまう。お金を多く出しすぎたり、あるいは出さなすぎたり、ひどいときは慌てすぎるあまり、財布の中の小銭を全て床にぶちまけてしまうこと

      • 「リボン(後編)」

        ある日の朝、僕たちはいつものように朝食を食べた。エミリーはいつも僕に微笑みかけながら朝食をとるのだが、その日は様子が違った。朝食を食べ終えた僕は、エミリーとの積み木遊びを楽しみにしていたが、エミリーが積み木を持ち出すことはなかった。その代わり、エミリーはどこかへ出かける様子で荷造りをしているようだった。僕はその様子をじっと座りながら眺めていた。エミリーは主に衣服を鞄に詰めているようであったが、その目は虚ろであった。一通りの支度が終わったのか、エミリーは最後に僕を抱きかかえ、静

        • 「リボン(前編)」

          僕は今日もデパートのショーウィンドウの中から外を眺めていた。窓の向こうは大通りに面していて、クリスマスをあと数日に控えた街はとても賑やかだった。「今年は誰か一番に買われるかなぁ」同じショーウィンドウの中にいたブリキのおもちゃがつぶやいた。「今年は私が一番だわ。だって向かいのビルに私の広告が出てるでしょ。女の子はみんな私のことが欲しいに決まってるわ。」今年出たばかりの手足の長い女の子の人形は自信ありげな様子だった。そんな話しをしていると一人の女の子がショーウィンドウに近づいてき

        「砂場」

          「金魚」

          雲一つない秋晴れの昼間。ハローワークで沙織は、掲示されているいくつかの求人情報見ていた。それはまるで、美術館で絵画でも眺めているかのように、表面をなぞるばかりで、内容は全く頭に入ってこなかった。ビルの5階のこの場所は、窓が大きく、下に目をやると、スーツを着たサラリーマンや、大学生と思われる若者が世話しなく行き交っているのがよく見える。無職である沙織は、このビルの下を歩く誰よりも自由であると思えたが、実際、沙織の足は鉛がついたように重く、頭の中もぼんやりしていた。 沙織の家に

          「カレー(後編)」

          タカシは、取引先の会社で働いていた同い年のカオリと結婚した。 営業職として働いていたカオリは、明るい性格で少々勝気なところがあった。タカシとは真逆の雰囲気をもつカオリに対し、タカシはどちらかという苦手意識を感じていた。そんなタカシに対しても、カオリの明るさは容赦がなかった。最初こそ苦手意識を感じていたタカシであったが、無理やり誘われた飲み会に参加し、そこでまじまじとカオリと話してみると、タカシが思うほど、カオリとのやり取りが苦ではなかった。テンションの差こそあれど、互いの根が

          「カレー(後編)」

          「カレー(前編)」

          都内でサラリーマンとして働くタカシは、毎週水曜日のお昼に、決まってカレーを食べている。とくに会社から徒歩5分の場所にあるカレー屋がお気に入りだ。そのカレー屋には決まったメニューは無く、店主の気まぐれにより、カレーのメニューは毎日異なる。サフランライスにかかるカレーの具は、ビーフ・チキン・マトンはたまたカツオやマグロなど様々である。そしてそれらの具材ごとに調合されたスパイスは、独特でありながら旨く、食べ終えた後には得も言われぬ爽快感があり、頭が冴えわたるような感覚すら覚えるほど

          「カレー(前編)」

          「豚」

          ある日、目覚めると私は豚になっていた。 可愛い桃色の仔豚ではなく、丸まると太り泥に塗れた家畜だった。 なぜそうと分かるのか。鏡もないので自分の姿は見えないが、私の周りには同じような家畜の豚が数十匹いたからだ。そして私がなぜ豚になった事実に驚きもせず納得しているのか、これにも理由がある。 私は前世、人殺しだった。金に困って老夫婦を殺害し、強盗を図ったがすぐに捕まりそこから刑務所暮らしをした。 刑務所では宗教講話があり、仏教の世界では「六道」なるものがあることを知った。生前

          「宝くじ」

          宝くじがあたった。 しかし、私が購入した宝くじではないので、「あたった」というよりも「あたっていた」という他人事のような感覚が拭えない。 当選金額も他人様に言えば驚かれるような額だった。 銀行へ行き、全額現金で受け取ってきた。 銀行からの帰り道はいつもと変わらず、家に着き、ダイニングテーブルに広げた札束の重なりを見ても何の感情も湧いてこず、むしろその存在が邪魔に感じ、銀行に預けなかったことを少し悔やんだ。 1年前に息子が事故で死んだ時、私は既にうつ病だった。 何かのきっかけ

          「宝くじ」