見出し画像

「リボン(前編)」

僕は今日もデパートのショーウィンドウの中から外を眺めていた。窓の向こうは大通りに面していて、クリスマスをあと数日に控えた街はとても賑やかだった。「今年は誰か一番に買われるかなぁ」同じショーウィンドウの中にいたブリキのおもちゃがつぶやいた。「今年は私が一番だわ。だって向かいのビルに私の広告が出てるでしょ。女の子はみんな私のことが欲しいに決まってるわ。」今年出たばかりの手足の長い女の子の人形は自信ありげな様子だった。そんな話しをしていると一人の女の子がショーウィンドウに近づいてきた。お母さんに手を引かれていたその子は、栗色の柔らかそうな長い髪を持ち、瞳は大きく、髪と同じ栗色の不思議な色をしていた。白色のふわふわしたコートを着て、そこから少し出る手には小さな手袋がはめられていた。「お母さんみて。すごくかわいいくまさんがいるの。」女の子は大きな瞳で僕を見ながらつぶやいた。僕は一目でその女の子に恋をした。しかしそれは一瞬の出来事だった。女の子のお母さんは先を急ぐ様子で、女の子の手を引いて、足早に去って行ってしまった。「すごくかわいい女の子だったわね」と、年季の入ったオルゴールがそうつぶやいた。僕はオルゴールのその言葉に深くうなずいた。

雨の降る薄暗い午後、今日はクリスマスイブで、ショーウィンドウの中のおもちゃたちにとっては、まさに勝負の日だった。今日買われるおもちゃたちはその年、子どもたちのクリスマスプレゼントとなる。それはおもちゃにとってどんな日に買われるよりも名誉なことだった。しかし今日はあいにくの天気のためか、大通りを通る人は少なかった。そんな中、白髪をきれいに整えた一人の老女が、ショーウィンドウ越しに僕のことを見ていた。そして老女はおもむろに店内に入ると、店員と何やら話しをしているようだった。次の瞬間、僕の体は店員によって持ち上げられ、ふわりと浮き、台の上に置かれた。僕の目の前には先ほどの老女がいて、改めて僕のことをまじまじと見た。そして小さくうなずいた老女は、店員とまた二三言葉を交わした。僕の体は店員によってくるくると回され、あっという間に箱に収められてしまった。暗い箱の中で僕はショーウィンドウの仲間たちにお別れを言えなかったことを少し後悔した。そしてその次に、いつか見た栗色の小さな女の子のことを思い出していた。思えばあの子とあった日から、僕はあの子の小さな手に収まり、温かいであろうその体温を感じることを幾度となく夢見てきた。しかし今日、僕は老女に買われたことによって、その夢は潰えたのだということを思い、かなしい気持ちになっていた。

しばらく箱の中で揺られていた僕は、急に目の前が明るくなったことに驚いた。僕の目は光になれることができず、すぐにものを捉えられなかった。そして、徐々にはっきりとしてきた僕の目が最初に捉えたのは、なんとあの栗色の女の子だった。女の子は僕をみて、その大きな瞳をさらに大きく見開いていた。「お母さん。おばあちゃんがボリスをプレゼントしてくれたわ。」「エミリーはいつもそのテディベアの話しをしていたもの。おばあちゃんは覚えていてくれたのね。」遠くで女の子とお母さんの会話が聞こえた。僕を買ってくれたのは女の子のおばあちゃんで、女の子の名前はエミリー。僕の名前はボリスだそうだ。エミリーは僕を箱から取り出し、強く抱きしめた。エミリーの温かさはまさに僕が夢見たものだった。そしてエミリーはあたたかなミルクのような匂いがかすかにして、それは僕をとても安心させた。エミリーはひとしきり僕を抱きしめると、カーペットの上にそっと置き、僕が入っていた箱にかかっていたリボンを手に取った。それは深い緑と青でできたタータンチェックだった。エミリーはそれをゆっくりと僕の首に巻き、リボン結びをした。「このリボン、ボリスにとっても似合うわ。私からボリスへプレゼントよ。」そう言ってエミリーは僕の頭を優しくなでた。僕は不思議とお腹のあたりが温かくなるのを感じた。そしてエミリーのことがますます好きになった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?