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宮田みや
2020年12月1日 02:38
いつもと同じような朝、いつもと同じように日課の散歩をする。海岸線に伸びる道路の脇を、海を眺めながらぼんやりと歩く。途中、砂浜までおりて、波打ち際近くを歩く。潮風の匂いと、打ち寄せる波の音が心地よい。ふと、足元になにか当たったことに気がつき、立ち止まる。よく見ると、そこには一本のガラス瓶が濡れた砂浜に埋まっていた。興味本位で掘り起こしてみると、瓶の中には何やら丸められた紙が入っているよ
2020年12月2日 02:56
その世界では、空から花が降るそうだ。降った花を、箱に詰めて置いておくと、絵の具になったり、ガラスになったり、お菓子になったりするんだそうで。初めてその話を初めて聞いた時僕は、それがちょっぴり羨ましかった。この世界では、降った花はなるべく早くに片付けないと、花が落とした種が根を張り、大地の養分を吸い取って、辺り一帯を枯らしてしまう。だから花が降る日はみんな家に閉じこもっていないといけない。
2020年12月3日 02:26
マロニーちゃん煮凝りにして、シイタケをすると、フクロダケの中に入ることができる。まあ、おまじない的なあれだ。フクロダケの中はとても狭いので、みぎっかわのスペースかひだりっかわのスペースどちらかを選んでおさまる。上に細い道があるので、途中で右から左に映ることもできる。フクロダケはキノコの一種だ。低反発クッションのようにふかふかとして気持ちいい。薄暗くて程よく身動きの取れないほどに狭いの
2020年12月4日 03:46
蝶になる夢を見た。蝶になって、野を飛び回り、花に止まり翅を休め、綺麗な水溜りで喉を潤す。そんなような夢だった。その夢があまりにも鮮明だったものだから、つい変なことを考えてしまう。寝ているときに蝶になった夢を見ていたのか、それともこの現実が蝶の見ている夢なのか。誰かが言っていた荒唐無稽な哲学だか心理学だったか。そんなことを考えるだなんて、馬鹿げた話だ。だけど、でも、それが妙に核心に迫る
2020年12月5日 03:20
むかし、ある所に傲慢な竜の王がいました。彼はまわりよりもずっと体が大きく、力も強く、そして美しく輝くウロコを持っていました。他の竜はみな王に恐れ慄いて、王の言葉に頷くばかり。どんなに酷いことを言われても、ニコニコと笑い飲み込むのです。東の獣を全て献上させろだの、西の妖精を殲滅しろだの、めちゃくちゃなことばかり。だけど竜はみな王を恐れて実行するので、世界はどんどん荒廃していくのです。あ
2020年12月6日 04:00
旅先で“日記自販機”なるものを見つけた。コインを入れてボタンを押すと、人の日記が読めるらしい。他人の日常なんて読んでどうするんだと思いつつも、好奇心に負けてついボタンを押していた。白い紙がいくつか折り畳まれて入っており、一枚で1日分、いくつかの日記が綴られていた。それは日記というよりは、短いストーリーのような、日常を切り取った物語だった。ある日は家の地下室を掃除して物置がタイムカプ
2020年12月7日 03:21
たとえば君が僕だとして、君が今抱いているその子は僕の過去であるのだけれど、その場合君は過去の自分とどう向き合える?その子どもは不可解な問いを投げかけてきた。禅問答のような、あるいは無理難題のようなその問いに、ついぞ私は答えられなかった。子どもがいた。子どもが二人、大きいのと小さいのと居て、私は小さい方の子ども抱いていた。子どもというにはあまりにも小さすぎるその子は、私の両手におさまるほど
2020年12月8日 02:12
取るに足らない話をしよう。そう、たとえば、朝寝ぼけて淹れたコーヒーが苦すぎたこととか、ふと見上げた月が綺麗だったとか、なんでもいい。他愛もないことを話そうよ。世界は相変わらずに退屈で、窮屈で、偏屈だ。代わり映えのしない毎日にある、些細な変化に喜びを感じたい。そう、だから、世界が明日終わるなんてもう忘れてしまおうよ。君の淹れた、あんまり美味しくないコーヒーが、いつも通りにあんまり美
2020年12月9日 04:49
惑星バリムは捨てられた星である。そう、誰かが言った。それはあながち間違いではないと思うけれど、未だこの星に残された我々が捨てられたのだと認めるようで、少しだけ頷きかねる。数百年前、環境破壊が進み、住みづらくなった故郷の星を捨て、人類は宇宙へと舵を切った。いくつもの宇宙船に、当時残っていた人類や生命体、各種植物の遺伝子情報を乗せ、大いなる空へと旅にでた。残されたのは、ノエムと呼ばれる
2020年12月10日 04:38
我々ノエマは、それぞれ担当区域を与えられ、そこで情報を収集、施設の管理を行う。全ての情報はサーバーを経由して中央管理塔にあるマザー・ノエマの元へと集められる。集まった情報を元に、予測分析を行い、トラブルや事故を未然に防いだり、施設の運営を行う。全て監視のうえで管理され、人々は快適で、穏やかな生活を過ごしていた。私たちは人間のために作られ、人間のために存在していた。今、“人間”がいない状
2020年12月11日 05:29
「やあ、ナナ。元気にしてたかい?」ユクと初めて出会った日から7日後の朝、貰った通信機に送られてきた座標へ向かうと、すでに待っていたユクに笑顔で迎え入れられた。「……異常ありません。」「あれ、もしかして来ないと思ってた?」私の顔を覗き込んで聞いてくる。「いえ、ただ、昨晩連絡が来たときに少し驚きはました。」「約束してくれたし、流石にね。時間を空けたのは確認の意味もあったけど、どうやら
2020年12月12日 02:11
『記憶はどこに宿ると思うかい?』ああ、知っている。これは夢だ。『それはだから、記録だろう?僕が言うのは記憶が“宿る”場所だよ。』夢だから、そこにいるはずはないのに、妙に近いような気がして、だけどやっぱり、霞んでぼやけた輪郭は遠く。『記憶は何処にでも宿る。そして宿った記憶はーーー』人間の脳は、記憶の整理の為に夢を見ることがあるという。こんな自分でも、夢を見るのかと思うと少し不思
2020年12月13日 03:03
「N.017、報告をどうぞ。」中央管理塔へは、月に一度収集した情報を重要度が高いものだけいくつか抜粋して報告を行う日がある。膨大なデータを効率よく整理するため、担当のノエマが優先度を暫定して報告するのだ。小さな個室にテーブルと椅子が一脚ずつ。北側の壁は一面鏡張りで、私たちはそこへ向かって報告を行う。「エリアB、第七制御塔の周辺地盤に地盤沈下が見られました。修復工事の申請中です。その
2020年12月14日 02:34
エリアQ、東地区のノエマが数体、故障したそうだ。故障原因は不明、いずれも比較的新しい個体だったため、事故や観測不可能な自然現象によるものと見られている。目立った損傷はなく、ただ機能が停止したかのように動かない。もしくは、マザー・ノエマのコントロール下に置いても制御不能になる等だ。発生条件に共通点はなく、何か電子的なバグやウイルスではないかという意見も出た。電子的なトラブルが原因ならまだ