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【ミステリーレビュー】朱色の研究/有栖川有栖(1997)

朱色の研究/有栖川有栖

"作家アリス"シリーズとしては「スウェーデン館の謎」以来の長編となった有栖川有栖の本格ミステリー。


内容紹介


“2年前の未解決殺人事件を再調査してほしい”
臨床犯罪学者・火村英生が、過去のトラウマから毒々しいオレンジ色を恐怖する教え子・貴島朱美から突然の依頼を受けたのは、一面を朱で染めた研究室の夕焼け時だった――。
さっそく火村は友人で推理作家の有栖川有栖とともに当時の関係者から事情を聴取しようとするが、その矢先、火村宛に新たな殺人を示唆する様な電話が入った……。
現代のホームズ&ワトソンが解き明かす本格ミステリの金字塔。

KADOKAWA


解説/感想(ネタバレなし)


再読、ということに気付かずに再読してしまった。
内容がうっすら頭に浮かぶのは、テレビドラマで見たからだろうと思い込んでいたら、しっかりもう1冊持っていてびっくり。
やはり、感想を書いて記憶を定着させるというのは大事らしい。

シリーズにおいて、遂に来たか、と思ったのが犯人から火村への挑戦状。
事件に直接巻き込まれるパターンもあるとはいえ、警察に協力する形で事件に参加することが多い火村の特性上、犯人から挑戦されるケースはこれまでは少なかった。
明確に挑戦状、という形ではないにしても、火村とアリスを第一発見者に仕向けて事件の当事者にしてしまう導入にはワクワクさせられる。

もとはと言えば、火村が教え子の朱美から、2年前の殺人事件の調査を依頼するところからスタート。
調査に乗り出した矢先、関係者が住む"幽霊マンション"の空き室で、新たな殺人事件に巻き込まれるという二段構え。
それに加えて、朱美にトラウマを残した放火事件も重なって、過去と現在が繋がっていく。
現在の事件の状況が異質でインパクトが大きかっただけに、2年前の事件はアリバイ崩しが主と地味な印象はあるが、緻密なロジックで真相を導く本格ミステリーの真髄。
さすがの有栖川有栖節である。

「朱色の研究」というタイトルは、言わずもがなシャーロック・ホームズシリーズの「緋色の研究」が元ネタであろう。
あらゆるシーンで"夕焼け"がモチーフになっていて、ラストシーンの夕焼けが妙に切ない。
アリスの台詞に乗せて語られる、著者本人の推理小説論も長編ならではの見どころだ。



総評(ネタバレ注意)



まず、現在における事件から。
六人部がスケープゴートにされるも、早々にトリックは解明。
ただし、犯人は2年前の事件に持ち越し、という展開が上手い。
イントロダクションとして、インパクトは抜群だった。
ひとつ短編を作れそうな構成で、導入だけでこれを消費してしまうのはあまりに贅沢だと言えるだろう。

そして、2年前の事件。
こちらが肝なのだが、埋まりそうで埋まらないピース。
15分のホームビデオが鍵になるのはわかっても、ここから読者視点で何かを導き出すのは、ほぼノーチャンスだったと思われる。
もっとも、冒頭にある殺人事件のギミックによって、メタ解きは容易だったかもしれない。
動機が弱いと指摘される本作であるが、そこを無視できれば、ある程度は推理をショートカットできたのではなかろうか。

兎にも角にも、本作が面白かったのは、ロジックの切れ味はもとより、火村とアリスの人間味が垣間見えるところだと断言したい。
アリスの推理作家としての顔は度々出てくるとしても、火村の助教授としての顔は、普段はフィールドワークの側面ばかり。
生徒に対しての接し方が知れただけでなく、そのやりとりからアリスですら触れられなかった悪夢の深掘りに至るなど、彼らの素の部分に注目したくなるエピソードも多く盛り込まれ、熱心な読者ならたまらないのでは。
禍々しい殺人事件であるにも関わらず、ラストシーンのセンチメンタリズムに全部引き摺られて、美しく儚い純愛の物語に錯覚してしまう1冊である。


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