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【ミステリーレビュー】ブラジル蝶の謎/有栖川有栖(1996)

ブラジル蝶の謎/有栖川有栖

有栖川有栖版・国名シリーズの第三段となる短編集。


あらすじ


大手サラ金会社の社長・土師谷利光が亡くなった。
離島で世捨て人のような暮らしを送っていた弟・朋芳は、相続の段取りのため利光の豪邸に滞在していたが、その高圧的な態度から、会社役員や他の親族たちとは対立路線となってしまう。
そんな中で、朋芳が死体で発見される。
不思議な点は、その部屋の天井には、利光のコレクションであった異国の蝶の標本がいくつも磔にされていたこと。
犯人は誰なのか、蝶を磔にした意味は何なのかに、犯罪臨床学者・火村英生と推理作家・有栖川有栖が迫る表題作「ブラジル蝶の謎」を含む全6編の短編集。



概要/感想(ネタバレなし)


相変わらずの王道っぷり。
魅力的な謎に、ロジック重視のトリック解明。
火村&アリスの掛け合いが絡まり、多少時代がかった設定は含まれてしまうもののテンポ良く読むことができる。
安定軌道に乗りすぎて、新鮮味だったり火村が抱える闇への進展だったりの点で過去の作品と比較しての衝撃度は薄まってしまうのだけれど、余計なクドさがない新本格ミステリーのど真ん中の作風は、それを十分に許容できる充実度を与えてくれていた。

見立てとするには理由がわからない、磔にされたブラジル蝶。
死の直前に被害者が電話をかけてきたことにより、アリバイが確保された容疑者たち。
どう結びつくのかわからない蝶のギミックが痛快な「ブラジル蝶の謎」。
不可解な文字で記された日記が示す真実とは。
ヴィジュアル系界隈ではタイトルにドキっとさせられる「妄想日記」。
とある女装家が殺された。
遺産相続で揉めている男と、恋人を取り合った女、どちらが犯人かという意味と、美貌の被害者は男か女かというふたつの意味を持つのであろう「彼女か彼か」。
前半3編は、テーマ選びが当時としては挑戦的だったのでは。
ただし、解決編はシンプルでわかりやすい。
特にオカマバーの蘭ちゃんのキャラクターは、再登場を望む声が多いのも頷けるインパクトを放っていた。

「鍵」では、フーダニット以上に、見つかった鍵が何を開けるものだったかに重きを置いていて、普段とは異なる切り口を見せる。
そして、アクセントを挟んだことが奏功し、「人喰いの滝」の王道感がより鮮烈に。
怪異の存在を仄めかしつつ連続する転落事故の真相を暴く、という古典的な設定が、実に映えていた。
ややこじつけはあるものの、ラストは「蝶々がはばたく」を持ってきて、蝶ではじまり、蝶で終わる美しい構成。
ミステリー内外で意味深なメッセージを含むことになったのは皮肉というか、死を扱う推理作家だからこそ、現実世界での死に対してデリケートなのだろうな、という感想を抱いた。


総評(ネタバレ注意)


全体的に、複雑な構造を持つ事件はなく、ひらめくかひらめかないか、で勝負できるミステリーが中心になった印象。
情報量が多いようで、少ないようで、という「蝶々がはばたく」については、色々な思惑が重なって密室になったのかと思わせて、アリスが謎をこねくり回したせいで複雑化させていたというオチが痛烈だった。
振り返って、ハッピーエンドだったとわかる結末ではあるが、震災がもたらしたものが傷痕だけではなかった、という解釈をしたいと思う。

一方で、「妄想日記」については、もうひとつ捻ってほしかったという読者が多いのでは。
だって、一番魅力的な謎だった存在しない文字で書かれた日記が、ただの捏造品で意味などなかったのだもの。
頑張れば解読できそうな、絶妙な文字列。
まるで挑みたくなる暗号であり、意地悪としか言いようがない。

内容に濃淡があり、難易度にも差はあるが、それはそれで短編集の醍醐味。
火村のフィールドワークが、すべて長編大作で書かれるべし、というわけでもないのである。
強いて言うなら、表題作にもう少しパンチが欲しかったところ。
被害者も曲者っぽかったので、もうひと捻りを期待してしまった。

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