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【ミステリーレビュー】江神二郎の洞察/有栖川有栖(2012)

江神二郎の洞察/有栖川有栖

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"学生アリスシリーズ"としては初となる短編集。

あらすじ


英都大学に入学したばかりの一九八八年四月、ある人とぶつかって落ちた一冊――中井英夫『虚無への供物』――が、僕、有栖川有栖の英都大学推理小説研究会(EMC)への入部のきっかけだった。
時系列としては「月光ゲーム」の前後の話となる、アリスが英都大学に入学してから、マリアがEMCへの入会に至るまでの1年間を9編の短編により描いた現時点でのシリーズ最新作。



概要/感想(ネタバレなし)


長編5部作として完結すると公言されている江神二郎を探偵役とした作品群。
本来であれば、短編集である本作は卒業アルバムとして完結後に発表する予定だったとのことだが、完結編の目途が立たず。
ある程度作品が溜まっている中で、まだまだ書くべきエピソードが残っていることもあり、短編集は2冊に分ける運びとなったようだ。
バックボーンを知っておくために「月光ゲーム」は押さえておいたほうが良いと思われるが、「孤島パズル」以降は読んでなくとも影響はないのかと。

収録されたのは、全9編。
「瑠璃荘事件」は、"リラ荘事件"をオマージュしたタイトルだが、連続殺人は発生せず、望月の下宿先で講義ノートが盗まれるという、名探偵の推理力をアピールするいかにも"短編集の序盤!"といった事件に仕立てられていた。
「ハードロック・ラバーズ・オンリー」は、爆音でロックが流れる音楽喫茶で知り合った女性が、アリスの呼びかけに応じなかった理由を考察する超短編。
いよいよ殺人事件が登場、とテンションが上がるのは「やけた線路の上の死体」。
作中でも言及がある通り、モチーフとしてはこすられきったトリックではあるが、彼らが世に出るきっかけになった作品だけある筆運びであった。

EMCのOB、石黒によって語られる「桜川のオフィーリア」は、「女王国の城」に繋がる部分も見られるため、小ネタを拾う楽しみもある。
いつもと異なる雰囲気とはなっているが、不気味さと美しさ、切なさが混在する青春ミステリーは、このシリーズの真骨頂。
日常の謎を、EMCらしい切り口でミステリーに仕立て上げてしまう「四分間では短すぎる」や、廃院の"開かずの間"にて起こった出来事が、織田が仕掛けた幽霊話に乗じたイタズラかを推理する「開かずの間の怪」は、彼らの大学生らしい素顔がうかがえる短編だろう。
価値がない絵画が盗まれ、身代金として1,000円だけが要求されるという不思議な誘拐事件のトリックと真相に挑む「二十世紀的誘拐」は、ラストシーンが印象的だったな。

「除夜を歩く」は、大晦日の夜の独特な空気感が丁寧に描かれている。
望月が書いた「仰天荘殺人事件」の犯人当て、というミステリー要素はあるにしても、昭和から平成に移ろうとしている時代が、生々しく描写されていて、推理モノとしての内容よりも、何かが変わろうとしているぼんやりとした感覚が妙に印象に残るのである。
最後の「蕩尽に関する一考察」は、満を持してマリアが登場。
名探偵は悲劇を止める存在ではない、というミステリーにおけるジレンマに対し、この話を最後に持って来たのは正解。
この事件で心を動かされたマリアが、「孤島パズル」にて受けるショックを考えればなんだか皮肉な気もするが、シリーズを追ってきた読者として、これで救われたという側面があるのも事実だろう。



総評(ネタバレ注意)


書かれた年代はバラバラで、1986年に発表された事実上のデビュー作「やけた線路の上の死体」がもっとも古く、「除夜を歩く」は、刊行に当たって2012年に書き下ろされたものである。
発表順ではなく、アリスが辿った時系列順に収録されているのだが、四半世紀かけて描かれたものとは思えないほど違和感なく読むことができ、EMCの面々のキャラクターが、いかに初期から出来上がっていたかがうかがえるのでは。

超短編ながら、瑞々しい青春小説としての香りを色濃く印象づけた「ハードロック・ラバーズ・オンリー」をはじめ、彼らの学生らしさが際立っており、読むことでより愛着が高まる仕様。
「除夜を歩く」にて、彼女の幸せそうな描写を差し込んだのが、ミステリーとは直接関係ないにしても上手いな、と。
沈み込んだアリスが立ち直ったきっかけとして、マリアの登場がひとつの要因になったのは間違いないのだが、あのシーンが挿入されたことで、アリスが吹っ切れたことを暗示しているようにも感じるのだ。

ほぼリアルタイムだったはずの作品が、シリーズとしては30年以上たち、すっかり古典の顔に。
ここまで来ると、ちょっと読み遅れたところで時代のギャップを感じることもないのかな。
むしろ、平成に変わる瞬間を描いた作品を、令和の時代に読むことで、なんとなく同調できる部分もなくはない。
完結編となる最新作をはやく読みたい、という気持ちと、終わってほしくない、という気持ちの両方が揺さぶられる1冊である。


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