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【ミステリーレビュー】女王国の城/有栖川有栖(2007)

女王国の城/有栖川有栖

無題

「双頭の悪魔」から15年という歳月を経て発表された、"学生アリスシリーズ"の4作目。

随分前に購入していたものの、上下巻に及ぶ大長編であることや、現時点で前日譚的な短編集を除けば最新作であることから、読後の燃え尽き感を懸念して尻込みしていたまま、だいぶ時間が過ぎてしまった。
重い腰をあげて読んでみたのだが、従来以上にチーム感が増しているわ、青春ミステリーとしても機能しているわで、ハードルが上がり切っていた中で、満足度が高い新本格ミステリーであったと言えよう。
15年も間が空いたということで、作風の変化も懸念していた部分もあったが、完全に杞憂。
伏線の張り方が複雑に、壮大になった一方で、1990年代の今となってはレトロな空気感と、クローズドサークル内での不可解な殺人事件という本質は維持されていて、リアリティを多少無視したドタバタ劇も、本シリーズの醍醐味としてあえて残しているといったところだ。

急に姿を消した江神部長を追って、アリスを含む英都大学推理小説研究会のメンバーは、新興宗教団体「人類協会」の聖地、神倉に向かう。
当初は、人類協会側に江神との面会を拒絶され、中に入れず戸惑う一行だったが、翌日になって態度が一変。
誤解があったという謝罪とともに、無事施設内に迎え入れられ、ようやくフルメンバーが揃うものの、聖洞の前で殺人事件が発生すると、警察の介入を拒む協会に軟禁され、今度は出られない事態に。
宗教によって支えられる<街>という特殊な環境下で、彼らが取り得る選択肢は、脱出を試みて警察に通報するか、推理によって真犯人を見つけ出すか。
追われながら、追い詰めるというハードボイルド要素の強さはシリーズ随一で、ピンチのシーンが多いからこそ、謎がひとつに繋がるパズル性のカタルシスも強まっていた。

視点人物となるアリスとマリアだけでなく、望月、織田のコンビにも見せ場があり、キャラクターの描写にもかなり力を入れている。
事件が発生するまでにかなり多くの頁数を消費するうえ、その間にミステリーやUFOの蘊蓄など寄り道も多く、序盤はやや間延びしてしまった感はあるのだけれど、シリーズ初見の読者も想定して、しっかりと書き込んだと捉えておくべきだろう。
そこで脱落せず、第二、第三の事件が発生するあたりまで読み進めることができれば一気に物語も動き始めるので、伏線が多いからこその我慢である。

江神の過去も少しずつ明らかになっていきそうな流れ。
5作で完結することが公表されているシリーズなので、ここまで来たらラストまで辿り着いてほしいところだが、本作の発表からも間もなく15年。
寂しくはあるが、タイミング的にはそろそろ動きがあってほしいところだ。


【注意】ここから、ネタバレ強め。


宗教団体を巻き込む殺人事件としては、つい最近法月綸太郎の「誰彼」を読んだばかりだったが、描き方、切り取り方に類似した部分と相反した部分とがあって、そんな比較も面白かった。
新興宗教、といういかにも怪しげというイメージを逆手にとって、クロと見せかけたシロ。
怪しさ、不穏さの理由をエピローグで語ることで、見える景色をぐるりと変えてしまったのは、見事としか言いようがない。
ここまで大長編でなかったならば、すぐにもう一度読み直したかったほどである。

上巻、下巻に分かれた文庫の表紙を見て何を示しているのだろう、と疑問に思っていたのだが、終盤まで来て、この意味に気付く。
実に大胆なネタバレだったのだな、といったところだ。
もっとも、この仕掛けは初出の時点でいかにもそれっぽかったので、メタ目線でバレバレではあったのだが、もう一歩踏み込まなくては真犯人には辿り着けない。
ドアの後ろに隠れる、という古典的な密室トリックが2度も登場するのはさすがに戸惑ったものの、わかりそうでわからない、ギリギリの塩梅がさすがの有栖川有栖である。

"ペリハ"のメッセージが、いまいち消化不良というか、特に盛り上がりを作らずに終わってしまったのだけが、なんとなく惜しい。
「月光ゲーム」はダイイングメッセージが肝になっていただけに、何か意味があるだろうと思ったのだが。

振り返ってみると、江神部長の謎解きよりも、ハードボイルド崩れの逃亡劇や、協会に起こっていたことが判明した時のインパクトが勝る。
新本格のど真ん中を突き進む有栖川作品としてはエンタメ性を強めた作風と言え、そこは実験的に映ったかもしれない。
だが、学生アリス特有の青春感との相性は良く、純粋な進化と見るべきだろう。
読む順番としては、最初の3冊を読んでからのほうが無難だとは思うが。


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