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【ミステリーレビュー】月光ゲーム Yの悲劇'88/有栖川有栖(1989)

月光ゲーム Yの悲劇'88/有栖川有栖

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有栖川有栖の長編処女作。

1994年に刊行された文庫版の帯には、"本格ミステリの新たな古典"と記されているが、まさにそのような位置づけになるのだろう。
国名シリーズや"読者への挑戦"を挟むスタイルを踏襲しているほか、本作については、「Yの悲劇」や「シャム双子の謎」からのオマージュも見られるなど、エラリー・クイーンの影響を強く受けている作家であるが、何より、フェアな状況公開と、フーダニットに特化した作風は、これぞお手本と言わんばかりの新本格の王道である。

さて、本作は英都大学推理小説研究会、江神部長が探偵役になる学生アリスシリーズの一作目にあたる。
個人的には、ドラマ化でも話題になった火村英生が探偵役を務める作家アリスシリーズをぽつぽつ読んでいただけで、学生アリスは未経験。
どうせ読むなら最初から、とこの作品を選んだ。

キャンプに行った矢吹山が、突然噴火。
帰路を経たれた中で、殺人事件が起きるという、クローズドサークルの中でも、随分とスケールが大きい設定である。
キャンパーの誰かが殺人鬼であるというピリピリ感と、それはそれとして、自然の驚異から身を守るにはみんなで強力しなければ、というふたつのベクトルが巧みに絡み合い、右往左往しながらピースが集まっていくのが面白い。

一方で、登場人物が多すぎて、空気になってしまったキャラクターが出てしまっているのは、もったいないところか。
フーダニットにおいて、怪しい人物は相応に残っていてほしいものだが、後にシリーズ化するとはいえ、デビュー作。
ラストの推理パートまで江神部長が探偵役というのもはっきりしない中においては、主観である有栖川有栖以外の人物が疑いの外に出ることはないわけで、もう少し登場人物を絞ってもフーダニットは成立した気がする。
とはいえ、だからといって謎解きの面白さを損なっているわけではないので、そこは謎解きを好むか、物語性を好むか、というミステリーに求めるスタイルの問題。
前者であれば、特に気にすることはないだろう。


【注意】ここから、ネタバレ強め。


30年前の作品ということもあり、サリーが山を下りることになった理由や、犯人が殺人をするに至った動機については、なかなか感覚として落ちてこない部分があった。
ただし、そこは結果論であり、美加の推理にあったような内容が思い浮かべば、フーダニットにおいて支障はなかったはず。
どちらかと言えば、理代の凶器隠しの理由のほうが、推測しにくかったのでは。

冒頭に、山を下る直前での噴火シーンを持ってきたのが演出として絶妙で、火山という特殊性のある設定でのインパクトを強めたことに加え、主人公が理代に疑いを持っていることを明確に示している。
有栖のストーリーテラーとしての立ち位置は、シリーズ化される中でもはや定番ではあるが、この作品においては、有栖が探偵役になるのでは、という期待を最後まで持たせているので、このミスディレクションが有効になってくるわけだ。
メタ視点では、凶器隠し時の行動があからさますぎるため、容疑者からは外れることになるも、では、何でこんな行動をとるのかになかなか答えが出せず、単独犯ではなくても、共犯説が捨てられれなくなる。
その結果、読者は"山を下りたはずのサリーが近くに潜んでいる"という美加の推理に誘導されていくのだ。
そして、サリーの死亡確定の直後に、"読者への挑戦"が来るものだから、この段階でカードを全部出し切ってしまっていた読者も多かったのだろう。
理代の行動は、"推理小説の登場人物は、誰もが賢く合理的に動く"というセオリーに反しているが、"見せているからフェア"というのが、なんとも憎たらしい。

というか、そこまで考えが至ったうえでまんまと騙されるか、その先にいる犯人を絞り込む段階まで踏み込めたか、というステージ上にいないと、その後の江神の推理でのカタルシスは得られなかったのかもしれない。
全員にアリバイがなく、大掛かりなトリックはなし。
ダイイングメッセージを踏まえて、誰が犯人か、というシンプルな謎解きに終着しているので、どんでん返しのようなものはなく、淡々と進行していく。
真犯人の置かれた状況もあって、さらりと犯行を認めてしまうのも、なんだか拍子抜けだ。
ストーリー性であったり、叙述トリックであったり、現代作品に多い最後の数ページでの衝撃に慣れてしまっていると、答え合わせに終始する推理パートは、どうも物足りないと感じるのかな、なんて思ってしまった。

もっとも、僕に関して言えば、必要以上に感情移入する必要のない知的ゲームとしての推理小説が好きなわけで、こういう正統派の本格ミステリを読むと、ホームに帰ってきた感がある。
邪道な作品や現代ミステリーが嫌いなわけではないが、下手に感情移入すると情緒がオーバーフローして、しばらく次の作品を読むのを躊躇ってしまうことになるのだ。
その意味で、本作は原点回帰。
だいぶリフレッシュできた。
まだまだ未読の作品が多数あることだし、これからも重宝しそうな作家だな、と改めて思う次第である。

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