【ミステリーレビュー】英国庭園の謎/有栖川有栖(1997)
英国庭園の謎/有栖川有栖
"作家アリス"における<国名シリーズ>の第四段。
あらすじ
資産家である緑川隼人は、椅子に腰かけたまま絶命していた。
緑川の私邸は、英国庭園さながらの立派な庭が広がっており、その日は、親族や知人が集められ、庭園を使った宝探しゲームが行われていたという。
突然、緑川が提案してきた子供じみた余興だと渋々参加した体裁の参加者たちも、"宝"の存在は気になる様子。
しかし、彼が死体で発見されるまで、暗号を解読できた者はいないようだった。
犯罪臨床学者・火村英生と推理作家・有栖川有栖が殺人事件と暗号の謎に挑む「英国庭園の謎」をはじめとする、全6編の短編集。
概要/感想(ネタバレなし)
短編だろうが、切れ味が落ちない有栖川有栖印。
火村&アリスの会話が淡泊になりがちなのは口惜しいが、本格推理小説的な謎解きの面白さは、短編のテンポだからこそ活きる部分もあるだろう。
安定感があるため、大きく前作と変わった感想にもならないのだが、倒叙モノの形を採用した「完璧な遺書」など、アクセントのタイミングまで気が効いていて溜息が漏れる。
殺されたエッセイストが死の間際に残した電話の内容や、殺害現場に残された足跡から犯人を絞り込んでいく「雨天決行」。
スランプに陥った有名作家が、火村の噂を聞きつけ、家族の誰かに殺されると訴える「竜胆紅一の疑惑」。
数年前の殺人事件の容疑者が、アリスと一緒に撮影した写真をアリバイの証拠として提示してきた「三つの日付」。
そして、倒叙モノとしてライトに仕上げた「完璧な遺書」まで、実に4編が"作家アリス"というシリーズの由来に恥じない、作家や編集者が事件に巻き込まれる話となっている。
「三つの日付」には、アリスと一緒にサイン色紙を残した作家仲間として、過去の作品の被害者の名前が登場するなど、芸が細かい。
不思議な言語感覚で犯罪予告を行う犯人と対峙する「ジャバウォッキー」も、これまでにはないスリリングなリアルタイム性が新鮮味を与える作風だ。
そして、表題作となる「英国庭園の謎」。
こちらは王道といったところだが、英国庭園において暗号を解読できずに右往左往する火村&有栖に、英国田園モノの雰囲気が感じられてたまらない。
前作の上位互換に留まらず、集大成的な作品と言えそうな気概まで感じられ、この時期の"作家アリス"シリーズはかなり短い期間に何冊も送り込まれた作品群ではあるが、しっかり右肩上がりで進化していることが確認できるだろう。
総評(ネタバレ注意)
インパクトがあるのは、「完璧な遺書」と「ジャバウォッキー」か。
前者は、完璧な犯罪を思いついたはずの犯人が、あっという間に火村に追い詰められていく倒叙モノ。
最後の一手は、ミステリーとして面白いけれど、もうちょっと反論できたのでは、なんて思いつつ、敵として対峙する火村の描写が新鮮であった。
アリスが出てこないのに作家設定がバリバリというのも面白い。
後者は、その反動か、アリスが奮闘。
ミステリーというよりサスペンス要素が強いが、"ジャバウォッキー"との暗号的な会話は、ある種、ミステリーでしかお目にかかれない。
タイミングをしっかり計って車内から電話しているのだと想像すると、なんだか可哀想になってくる。
表題作である「英国庭園の謎」。
動機が弱いと思ってしまうのは令和的な感覚だからだろうか。
脅迫の材料を持っていながら、何年も提示せず、このタイミングでゲームを吹っ掛け、自身の陰湿な行為を親族たちがいる前で公開しようとしている緑川の行動が自爆テロすぎる。
そんな昭和的価値観に躓いてしまうのは、普遍的な読みやすさがあるからこそで、尻すぼみであるのは事実なのだが、英国庭園のイメージと暗号の解読に至るまでのプロセスは、そこに行き着くまでの過程を鮮やかに色付けていた。
結果として、前半で安定感を示し、後半で加速度を増す展開に。
王道的故の平坦さが解消され、更に一気読みしやすくなっていた。
耐久レース的にシリーズを続けて読むとなれば別の見解はあるだろうが、個人的にはミステリーとしての原点に立ち返る感覚。
色々なタイプのミステリーが溢れている中で、何冊かに一度はここに帰ってきたいなと思わせるシリーズである。
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