才田リツ

なんか良い感じのショートストーリーを書いていきたいと思っております。

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最近の記事

錦鯉釣る雲【毎週ショートショートnote】

僕は今日も川に行った。 ささやかな水流の音が心地よい。 岩に腰掛け、釣り糸を垂らした。 無心のまま、釣竿を握る。 今までここではニジマスやヤマメを釣った。 ほんの少しの間、ピチピチと動く様子を眺め、リリースする。 彼らはすぐに川下へと泳いでいった。 このひとりの時間が良い。 何かを手に入れられるわけでもなく、何かの能力が上がるわけでもないけど、無意味なひとときが人生には必要なんだ。 川の流れとは裏腹に、まるで眠っているときのように凪いだ心で水面を見つめていた

    • 命乞いする蜘蛛【毎週ショートショート note】

      突然、俺の視界は茶色い壁に覆われた。 ガムテープだ。急いで逃げろ。昔、仲間がアレに殺られたんだ。 どうして俺をそんなに嫌うんだ。 俺はお前を刺さねえし、ブンブンうるさく飛び回ることもしねえ。 たしかにベタベタした巣は不快かもしんねえが、なによりダニを食べてやってんだ。 殺される筋合いなんてねえ。 上手く逃げれたと思ったら、今度はいきなり真っ白な世界になった。 ティッシュってやつだ。俺は俊敏に飛び上がった。 しかし奴は鬼の形相で追いかけてくる。 クソッ、俺もこ

      • 桜回線【毎週ショートショートnote】

        「今年の桜は、日本全国同じ日に咲くでしょう」 テレビからそう聞こえて、"えっ?そんなことあるの?"と思って画面を見たら、学習塾のCMだった。 公平を期すため、今年から全国の高校受験の入試日を統一し、合格発表日もその2週間後としたらしい。 「桜前線はこちらです!」 スーツを着た先生がフリップを出した。 桜前線は、桜の開花予想日が同じ日にあたる地域を線で結んだものだ。 フリップには、"今年のサクラサク日"として、北海道から沖縄までぐるっと一周つながった線が描かれていた

        • 満月ガスとバス【毎週ショートショートnote】

          満月の夜のことだった。 大勢の客を乗せて運行していたバスが急に動かなくなった。 原因はガス欠だ。 昨日、運転手がうっかり給油し忘れたのだ。 道の半分をでんと塞ぐ大きなバス。 運転手と乗客は、「大変だ!」と言ってバスを降りた。 「せーの!」 彼らはバスを後ろから懸命に押した。 みんなで呼吸を合わせて、バスを押す腕に全体重をかけると、車体はよちよちと動き出した。 「ウォー!」 彼らは雄叫びをあげた。 するとどんどん力がみなぎってきた。 タイヤがくるくると回

        錦鯉釣る雲【毎週ショートショートnote】

          三日月ファストパス【毎週ショートショートnote】

          毎晩、月に向かって願い続けた。 望む場所に行けますように。 そこで私が最高に輝けますように。 ほのかに照らしてくれる真ん丸な夜も、頼りなく欠けていて心細い夜も、姿が見えずに不安な夜も、私は目を閉じて祈っていた。 月の形が毎日変わっていくように、私の人生も少しずつ変化し始めた。 できなかったことができるようになったんじゃなくて、今までやっていなかったことをやりたいと思えるようになった。 毎晩、月に向かって感謝し続けた。 願いを聞いてくれてありがとう。 これからも支え

          三日月ファストパス【毎週ショートショートnote】

          蒸し返しダンサーに【毎週ショートショートnote】

          「兄ちゃん、俺のプリン食べた?」 「あっ、ごめん。食べたわ」 「ああ、まあいいよ」 3日前、俺は心が広いふりをしてプリンを我慢した。 今さら蒸し返したら小さい男だと思われそうだけど、このまま泣き寝入りなんてできない。 そこで俺はひらめいた。 プロのダンサーとして活動している兄に、俺もダンスを通して気持ちを伝えてみたらどうだろう。 翌日、兄をリビングに呼び出し、ミュージカルを披露した。 「♪ご褒美〜それは甘い幸せ〜」 俺は軽快なステップを踏んだ後、冷蔵庫のドアを開

          蒸し返しダンサーに【毎週ショートショートnote】

          お返し断捨離【毎週ショートショートnote】

          バレンタインデーにたくさんのチョコをもらった。 出勤した途端、同僚たちが目をハートにして僕の元に駆け寄ってきた。 僕は抱えきれないほどのチョコをなんとか持ち帰り、3週間もかけて食べきったのだ。 迫りくるホワイトデー。 さて、お返しはどうしよう。 チョコをくれた全員に何かを買って返そうとすると、莫大な出費になってしまう。 そこで僕は名案を思いついた。 うちにある物を渡せばいいんだ! そしたら断捨離もできるし一石二鳥! 僕は実家の自分の部屋を漁った。 子供の頃

          お返し断捨離【毎週ショートショートnote】

          据え膳の猫ビーム【毎週ショートショートnote】

          僕は昨日から猫を飼い始めた。名前はミーちゃんだ。日曜の夜はいつも憂鬱だったのに、昨晩は心穏やかに過ごせた。ミーちゃんの体を撫でながらコーヒーを飲み、テレビを見ていた時間が幸せすぎた。これから毎日あんな至福の時を過ごせるのだ。だから今日もお仕事がんばろう。僕はミーちゃんのお昼の餌を用意してから家を飛び出した。 休憩時間、僕はペット見守りカメラのアプリを開いた。すると、どアップに映ったミーちゃんと目が合った。今朝よりも目が鋭く、ビームを出しているように見える。きっとひとりぼっち

          据え膳の猫ビーム【毎週ショートショートnote】

          突然の猫ミーム【毎週ショートショートnote】

          突然の転勤辞令。 私が自分で選んだ会社だから、しょうがないけど。 突然の雨。 コンビニに入ってビニール傘を買う。 突然の空き地。 あの本屋、なくなってしまったんだ。 突然の赤信号。 慌てて立ち止まる。 突然の連絡。 「明日、みゆの家行っても大丈夫?」 突然の別れ。 もうこうやって簡単に、会えなくなるね。 突然の落ち葉。 滑らないように気を付ける。 突然の女子高生。 傘を高く上げてすれ違う。 突然の水たまり。 靴の中に雨が入り込む。 突然の風。 傘がひっくり返

          突然の猫ミーム【毎週ショートショートnote】

          レトルト三角関係【毎週ショートショートnote】

          スーパーでカゴに入れられたあの日から2年が経つ。 カレーとビーフシチューと私。 食器棚の引き出しの中で、最高に楽しい日々を過ごしてきた。 私たちの賞味期限はもうすぐ切れる。 少しピリッとしてるけど、意志の強さが魅力的な彼。 トロトロしていてマイペースだけど、優しい彼。 どうやらふたりとも、私のことが好きみたい。 私はふたりのことを大切に思っている。 どちらかと一緒になることで、選ばれなかった方を傷付けてしまうぐらいなら、私は単体で食べられたい。 ……。 や

          レトルト三角関係【毎週ショートショートnote】

          洞窟の奥はお子様ランチ【毎週ショートショートnote】

          洞窟の中で、好奇心旺盛な大人たちが、いつも走り回っている。 その洞窟の近くにあるレストランは、そんな冒険家たちの来店により、経営が成り立っていた。 ある日のレストランにて。 「店長さん。僕たちにお子様ランチを食べさせてください」 「ダメです。大人にお子様ランチを頼まれると採算が取れません」 「僕たちは、子供心を忘れていません。精神年齢は小学生なので、どうしてもあの新幹線プレートのやつが食べたいんです!」 「そこまで言うならこうしましょう。今度、あの洞窟のどこかにお

          洞窟の奥はお子様ランチ【毎週ショートショートnote】

          デジタルバレンタイン【毎週ショートショートnote】

          私は恋人とハグした後、仕事場に向かう。 動く歩道で大通りまで出て、タクシーに乗って空を飛ぶ。 オフィスに到着し、自席に着くと、目の前の空間に、私が工事監督を務める現場の映像が現れた。 無人のショベルカーが土を掘り、ドローンが上空から写真を撮り、レーザースキャナーが測量している。 私は遠隔臨場で現場の様子を確認しながら、報告書の作成に取りかかった。 午後、請負業者とのWeb会議。 現場代理人の茶色い作業着を見て思い出した。 そうだ、今日はバレンタインだ。 彼にチ

          デジタルバレンタイン【毎週ショートショートnote】

          行列のできるリモコン【毎週ショートショートnote】

          自分を操作できるリモコンが発売された。 赤いボタンを自分に向けて押すと、否が応でも体が勝手に動いて風呂に入れる。 青いボタンを押すと、すくっと立ち上がって食器洗いを始められる。 緑のボタンは、てきぱき掃除。 黄色のボタンは、ささっと料理。 指先一本で、怠惰な自分とさようなら。 電器屋には、たくさんの人が殺到し、常に長い行列ができていた。 そんなリモコンを手に入れた人々は、毎日を効率的に過ごせるようになった。 意味もなくSNSを見ているだけの時間もなくなった。

          行列のできるリモコン【毎週ショートショートnote】

          ツノがある東館【毎週ショートショートnote】

          節分の夜、鬼が泊まる旅館がある。 年に一度の大仕事を終えた鬼たちは、チェックインを済ませ、風情のある中庭に集まった。 「お疲れさまでした。どうぞ召し上がれ」 女将が大量の恵方巻きを持ってやってきた。 今年の恵方は東北東。 鬼は皆、東館の方を向き、黙って食べ始めた。 “あの家族が、今年も幸せでありますように” “彼の仕事がうまくいきますように” “あの泣き虫の少年が、素敵な夢を見られますように” 鬼たちは、先ほど豆をぶつけてくれた人間の幸せを、心の中で願ってい

          ツノがある東館【毎週ショートショートnote】

          アメリカ製保健室【毎週ショートショートnote】

          今日は保健室登校できなかった。 ここに来てから1日も休まず頑張っていたのに。 ビビットカラーの内装に、床は白黒チェック柄で、ベッドを囲うパーテーションは星条旗。 彼は最初、なかなか周囲に溶け込めていなかった。 少し個性的で、主張が強いところがあったせいで、みんなから距離を置かれていた。 でも元来は明るい性格だから、徐々に友達が増えていき、最近は学校に来るのが楽しそうだった。 だから勝手に大丈夫なんだと思っていた。 毎日、彼に会えるのが当たり前だと思っていた。

          アメリカ製保健室【毎週ショートショートnote】

          トロンボーンの口調【毎週ショートショートnote】

          駆け出しの声優・松井に、アニメのアフレコの仕事が舞い込んだ。 松井の役は、トロンボーン。 擬人化した楽器たちの学園ものらしい。 松井は、別の楽器を担当する声優仲間に役作りについて尋ねてみた。 「僕はコントラバスだから、なるべく低い声でやってみるよ」 「私はフルートなので、透き通るような声を意識してみます」 「俺はトランペット。とにかくデカい声を出すぜ」 松井は悩んだ。 どんな口調でトロンボーンを演じればよいのだろう。 必死で考えた結果、トロンボーンだけにトロ

          トロンボーンの口調【毎週ショートショートnote】