ツノがある東館【毎週ショートショートnote】
節分の夜、鬼が泊まる旅館がある。
年に一度の大仕事を終えた鬼たちは、チェックインを済ませ、風情のある中庭に集まった。
「お疲れさまでした。どうぞ召し上がれ」
女将が大量の恵方巻きを持ってやってきた。
今年の恵方は東北東。
鬼は皆、東館の方を向き、黙って食べ始めた。
“あの家族が、今年も幸せでありますように”
“彼の仕事がうまくいきますように”
“あの泣き虫の少年が、素敵な夢を見られますように”
鬼たちは、先ほど豆をぶつけてくれた人間の幸せを、心の中で願っていた。
全ての恵方巻きを平らげた彼らは、東館の煙突を見上げた。
黄味がかっていて、所々に黒い錆がついている。
年季の入ったそれは、まるで立派なツノのようだった。
自分はまだまだだと言わんばかりに、照れたような表情で自身のツノを撫でる鬼がいた。
月明かりの下、彼らはしばし団欒し、やがて東館に入っていった。
桶とタオルを持って、男湯の暖簾をくぐる。
ゆったりと湯に浸かり、煩悩を洗い流すのだ。