錦鯉釣る雲【毎週ショートショートnote】
僕は今日も川に行った。
ささやかな水流の音が心地よい。
岩に腰掛け、釣り糸を垂らした。
無心のまま、釣竿を握る。
今までここではニジマスやヤマメを釣った。
ほんの少しの間、ピチピチと動く様子を眺め、リリースする。
彼らはすぐに川下へと泳いでいった。
このひとりの時間が良い。
何かを手に入れられるわけでもなく、何かの能力が上がるわけでもないけど、無意味なひとときが人生には必要なんだ。
川の流れとは裏腹に、まるで眠っているときのように凪いだ心で水面を見つめていた。
そこには雲が映っていて、一瞬、空と見紛う。
そろそろ帰ろうかと腰を上げようとしたとき、この大自然には似つかわしくない色を見つけた。
鮮やかな紅白の魚がこちらに向かって泳いでくる。
錦鯉だ。
「生きた宝石」とも呼ばれるそれは、あまりにも美しかった。
荘厳な雰囲気を醸し出し、堂々と前を見つめている。
煌びやかな体は水面の雲と重なり、僕は思わずロッドを握る手に力を入れた。
凄まじい存在感だ。
まさに君は、雲の上の存在だよ。