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短編小説『Voice of J~ 迷走の未来(後編)』 :パンデミックに揺れる激動の転換期に、ニヒルで謎多き裏社会の哲学者Jが囁く、明日へのヒント!

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注:この作品はフィクションであり、実在の人物、地名、団体とは一切関係ありません。また、特定の登場人物の意見や主張が、100%そのまま作者である私の考えや価値観を反映した「作者の信念や言いたいこと」というわけではありません。


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「どうすれば・・・・・・どうすれば止められると ── ?」

 宮本がまた、厄介な質問を声にしてしまった。

「・・・・・・例のウィルスのことを言っているのなら、その問いに答えられる人間は、今はおそらくどこにもいない。いるとすれば、よほど嘘をつき慣れたペテン師か、うさん臭い宗教集団の教祖ぐらいだろうな」
 と言って、Jは皮肉げに苦笑した。

「もはや『止める』という発想自体が現実的ではないことに、気付くべきなのかもしれない。おそらく今回ばかりは、人間の力だけで完全に止めることはできないだろう。このウィルス自体も、それに伴う世界の激変もな」

 宮本がついに絶句してしまい、顔面を硬く強張らせた。

 ── わかっていた。本当ははじめから、わかっていた。答えなどどこにもないだろう、と。

 それなのに、自分は一体何を期待して、こんな答えようのない質問ばかりしてしまうのだろう。どんなに人の世の裏事情に通じている強い人だといっても、彼だって同じ人間だ。ウィルスの脅威にさらされているこの世界のどこかで、彼自身もきっと何がしか不自由を強いられ、困っているはずだ。そんな彼を更に煩わせることになると知りながら、どうして抑えることができないのだろう・・・・・・。

 ノートPCの前で葛藤に暮れていた、そんな宮本に向けて、Jが言葉を加えた。

「本来こういう話は、俺には専門外なんだが・・・・・・、もしこの壮大な変化が、地球という惑星による自浄作用だとすれば、必要充分に目的が果たされるまで、ウィルスという名の末端実行者は今後もしぶとく居座り、人間を無力化・無毒化し続けるだろう。逆に言えば、この星にとって程よいレベルにまで人間の抑え込みが完了すれば、その威力はいずれ自然に弱まって、通常の風邪と同様、脅威とは言えない存在になっていく可能性が高い。世の専門家たちの予測通りにな」

 ようするに、医学や科学で目の前の一人を救うために抗ったり、症状を軽く済ませる手立てを考えることまではできても、ウィルス自体をこの世から完全に消してしまうことはできない、本当の意味での終息は、半ば自然に任せる他ない、ということなのか・・・・・・。

「ですがそもそも、致死率が特別に高い強毒性の部類ではなかったはずのウィルスで、一体どうしてここまでに ──? 病気そのものの脅威よりも、世界中がこれほどまでに大規模な機能不全に陥ってしまった人間界の混乱ぶりの方が、僕には驚きで、未だ現実のこととは思えなくて・・・・・・」

 質問というよりは独り言のような調子で、宮本がまた、溢れ出る数多の疑問の一つを口走った。

 問題のウィルスが登場した当初は、まさかここまで深刻なことになるなんて、宮本は予想だにしていなかった。せいぜい通常よりは感染力の強いインフルエンザみたいなものだろうと、甘く見ていたのだ。もし季節性のものであれば、冬が過ぎ去り気温が上がるにつれて自ずと消えていき、社会はまた程なく元通りになるはずだ。人々の生活も、事も無げに今まで通りの日常に戻るに違いない。そう思っていた。

「実際、一般人にはできないレベルの強力な除菌処理が必要なわけでもなく、普通の石鹸や家庭用洗剤で洗い落とせる程度のウィルスなのに。僕たち人間が過剰に恐れ、大袈裟に反応しすぎたせいで、不必要に事を大きくしてしまったのか、それとも逆に、甘く見すぎていたせいなのか、僕にはもう、何が何だか ──」

「そこはひとえに敵の・・・いや、このウィルスの性質・特徴と、現代の人間の在り方とが、見事に合致してしまったせいに他ならない」

 彼がその点については、きっぱりと言い切った。宮本は、うつむき加減になっていた顔を起こして、今一度画面の中の彼と視線を合わせた。

「専門家でなくても、その点だけは間違いないだろうと思っている。まず、ウィルスというもの自体、分類上は『生物』には当たらず、それだけでは害をなさない『物質』あるいは『半生物』であることは知っているだろう? その型が、宿主となる生物の細胞の型と、パズルのピースのようにピタリと嵌まることで、初めて力を発揮するというのが、ウィルスと宿主との関係だ」

 感情を織り混ぜることなく、冷厳とした口調で彼は続けた。

「感染症問題と社会との関係は、いわばその拡張版のようなもの。現代の人間社会の仕組みや経済システムの在り方自体が、このウィルスの特性 ── たとえば宿主をすぐには殺さず、時には感染していることにすら気付かせないまま動き回らせることで、感染者を続々増やしていく性質などに、ピタリと嵌まる型をしていたから、猛威をふるわせる結果になった。それだけのことだろう」

 そこで彼は、ふと宮本の記憶に働きかけてきた。

「少し前までの日常、この世界の、人間界の在り方がどんなものだったか、よくよく思い出してみろ」と。

 だがそれは同時に、彼自身のこれまでを振り返る問いかけでもあった。彼は彼なりに自身の記憶を手繰り寄せ、その軌跡や変遷をなぞりながら語っているのが、どこか遠くを見つめるようなその眼差しから、宮本にも伝わってきた。

「あちこちの要所要所を接続し、世界を一つに繋ぐ空路や海路。さして高給取りの部類でなくても、望めば誰でも手軽に海を越え、国境を越えて、世界中のどこへでも足を踏み入れることができた。その往来が盛んになればなるほど、雇用の幅が広がり、利益が生まれ、経済が潤った。かつては外国人がいるというだけで、物珍しそうにジロジロと見てくるほど閉鎖的だった国々でも、いつからか人種入り乱れて暮らすようになり、グローバルな在り方自体が当たり前の日常になっていた」

 そう。そのどれを取っても、20~30年程度前までには考えられなかった発展だ。旅行関係の業種は伸びるところまで伸び切って、街には行く先々にホテルが林立していたし、空を埋め尽くす航空機は、パイロットが乗客の安全を確保するのに充分な休息も取れないほど本数を増やし、目まぐるしく行き来していた。栄えすぎたそんな社会を陰で支える末端の現場作業員たちは、手に負えないほどの仕事量に忙殺されて、慢性的に人手不足に悩まされたものだ。人間技では不可能なレベルにまで効率化ばかりが求められ、質を置き去りに量とスピードを追究するしかないような傾向も、目立ち始めていた。その果てに、常に時間に追われてギリギリの状態で仕事をしていた職員が、人命にかかわる大きな事故を起こしてしまったり、過労の果てに心を病んでしまうような例も、残念ながら各種業界で見受けられ、社会問題になりつつあった。

 「世界の広がり」によって便利で豊かになった反面、人間は自分たち自身の安全を脅かすまでになっていて、その行き過ぎた繁栄は、止まるに止まれない暴走列車のようになっていたのだ。そしてそんな話を今、僅かに日本人の血を汲みつつ、一見それとわからないほど他にも色んな人種の血が混ざっている、存在そのものから多国籍な人物であるJが語ることもまた、皮肉としか言いようがなかった。

「── 弱いところを衝かれたんだ」

 低い声を更に低くして、Jは言った。

「正確には、人々が強みだと信じていたこと、理想的な進化・発展のつもりで目指してきたこと自体を、最大の弱みということにされてしまった。グローバル化のユートピアが丸ごとそのままの形で、ディストピアに反転したわけだ」

「それはつまり、僕達の歩みのベクトルそれ自体が、端から間違いだったということでしょうか? 国境に隔たれそれぞれに暮らしていた人々は、そもそも互いに近付きすぎてはならなかった。心理的にも物理的にも色んな壁を克服し、歩み寄り、多様性を保ちながらも、それぞれの良さを組み合わせて世界を一つに繋ぐこと。それによって皆がより豊かで平和に暮らせるに違いないと夢見た、その方向性自体が根本的に間違っていたから、こうなってしまったと ──」

「いや。それは違うだろう」

 胸の前で腕を組み合わせた姿で、彼が言った。その一声には、これまでやり取りした中でも、最も確信に満ちたニュアンスがあったので、宮本は一瞬、息を呑んだ。


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