K'ingsman 池田 圭介(元 幸東)

1984/9/6 中学卒業後、母親に無理やり入門させられ角界に。 15年間、玉ノ井部屋…

K'ingsman 池田 圭介(元 幸東)

1984/9/6 中学卒業後、母親に無理やり入門させられ角界に。 15年間、玉ノ井部屋の力士として。引退後は飲食業界に足を踏み入れました。 2022年末にようやく自身の店をオープン。 熟成肉、ハンバーガー、コーヒーの三本柱で細く長くやっていきます。

最近の記事

ワンオペである理由とetc

昼はハンバーガーとコーヒー、夜は熟成肉のステーキをメインに好き勝手レストラン。 これが私が普段やっているお店なのですが、何故ワンオペでしているのかにはいくつか理由がある。 力士を引退し飲食業の動きを学ぶため飲食店で働き始めました。 最初から自店を始めるつもりでいたので、そうゆう目線で学び、働き、人を見ていました。 雇われから自分が店のオーナーになった時、いっしょに店を動かす者が気が合わなかったり、突然辞めてしまうや無断で来なかったとか、仕方ないけど現実に起こる飲食店のスタ

    • 1年

      早いものでK'ingsmanが動き出し1年が経ちました。 熟成肉、ハンバーガー、コーヒーと3本柱の店ですが 正直なところ見切り発車なところもあり、1年経った今も成長過程。 そんな未完成の店ですがこの1年、たくさんの方のご来店 本当にありがとうございます。 日々こなしていけるのは、美味いとかおいしいとかとにかく何でも 喜んんでもらえることがエネルギーとなっています。 自分がこの店を開いた理由はこの店や食でハッピーになって欲しい。 それだけです。その喜びがこの店の原動力でありま

      • ハンバーガー愛好家

        僕はハンバーガーが好きです。 何が好きって味と食べ方と見た目。 元々の発祥はけっこう雑な料理って認識で自分自身、丁寧に雑に作ってます。 なんやそれ(笑) というのはうちはパティを成形しない。なので毎回見た目が多少変わります。 お皿で目の前に届けた時にブサイクなのに「美味そう」って思ってもらえるような顔に毎度してるつもりです(笑) ハンバーガーってなんかフォルム良いですよね。フォルム好きなんでけっこうグッズいっぱい持ってます。 あ、でも嫌いなフォルムもあります(笑) なんで

        • K'ingsmanの熟成肉について。

          K'ingsman、ディナーのメインである熟成肉。 「ドライエイジング」いわゆる乾燥熟成。 ひょんなことから、この「熟成肉」というものに出会ったのですが食べれば食べるほど、その味の深さ(面白さ)に魅了されたのです。 僕の熟成肉を知る事になったキッカケは、とある肉屋の親爺さんです。本当に肉が大好きで肉に対する愛がすごい人。 その方は独学で熟成肉を研究し、自身で美味い肉を食べる為に肉の熟成を始めたそうな。 その方と出会い、色んな熟成肉を食べさせてもらった経験から店でも熟成肉を

          K'ingsmanのハンバーガーについて。

          開業してから初めての投稿でございます。 自分に余裕がなくnoteに手が付きませんでした。 紆余曲折あり開業が遅れたのですが、ここで振り返るのも嫌なので前向きに、まずはうちのハンバーガーについてガッツリ説明を。 僕の思いが強い表現になるので、興味のある方のみお付き合いください。 まずは僕が思うハンバーガーとは? もっともアメリカンな食べ物で肉を雑に挟んだサンドウィッチから派生したワンハンドで食べられる肉料理という認識。 そこで僕がどう思ってK'ingsmanでハンバーガ

          K'ingsmanのハンバーガーについて。

          場所決定。

          やっと場所が決まり動き出しました。 ここまでくるのに早かったような長かったような。 思い返すと焼き立てのパンを食べて感動しパン屋さんをやりたいと思ったのが小学生1〜2年生の頃だったかな?あれから約30年、色々と思いを練りに練りながらやっと形になろうとしています。 とはいえ、万全な出発にはなりません。 発注している機材が10ヶ月待ち‥‥ タイミングが悪く‥‥なんてものも。 でも、それでいい。自分の力で避けたりする事のできないものもあります。 その期間に来店してくれた方がいた

          くやしい。

          また、めちゃくちゃいい物件逃した。 とは言え100点満点と言える物件ではありません。 僕にとってはいい物件。手当がすっごい必要な物件ではあった!傾いてたし(笑)逃した魚は大きかったけど、出来る事はしたはずなので後悔はしてない。 ただちょっと悔しいだけ。 この状況が続くとへこたれるけど諦めたら何もかも終わり。諦めなければどんなに細い糸でも繋がるし、切れても新しい糸を用意できる。 何度も何度も繋ぎ合わせて、いつか形にする。 自分の叶えたい業態は物件オーナー様からは嫌われるらし

          独立開業日記#2

          物件を真面目に探し出してから約半年。 話を進めていた物件もあるけど取られてしまい、またゼロベースになったり。 ここで少し足踏みしている感覚。 まだまだコロナも終息していないというところでも、まだじっくり焦らず妥協もしたくはない。 飲食開業とかってセオリーとしては、初期投資をいかに抑えるかというとこもテーマであるけど自分の夢を叶える土俵で、しっかりと表現して人に伝えていくにはこだわるところはしっかりこだわる。 他と差別化をしたり、色を出していくことは今の時代には絶対に必要な部

          独立開業日記#1

          飲食店の独立ってすごい。エネルギー消費が(笑) 夢という原動力で保ってますね。 力士を辞める頃は漠然と将来自分の店やりまーす! みたいなノリだけできたけど、話を詰めれば詰めるほど そんなノリだけでは人に想いを伝えることができないんだと実感。 業態にもよるけど飲食って実は総合職で色んな人と打ち合わせ。 でもここにまた出会いがあって、しんどいけど素敵な時間。 これを形にできたとき大暴れできちゃうな。 職人や作り手、生産者を通し僕の想いを乗せる。 いいないいなーやっぱりやりた

          飲食店への「今」のおもい。

          池田圭介でございます。元力士でございます。 長く続いた緊急事態宣言や時短要請がなくなり、通常時間での業務に戻りました。 しかしお客様は簡単には戻って来てくれません。もっとこう、なんだろな。 食に対してというかお店自体をユニーク溢れる場所にしたいんですよね。 数名で働く環境ではそれを実現するのにものすごいエネルギーが必要。コロナ禍を経て人の生活様式が丸々変わり飲食業界は今までのスタイルとはまた大きく変わった気がしてます。様々な調理器具や情報が溢れていておうちでもクオリティの高い

          飲食店への「今」のおもい。

          なぜ力士になったのか?

          自分は中学卒業し、すぐに角界に足を踏み入れました。 でも自ら望んで入門した訳ではないのです。 自分は三男で生まれたのですが一番上に長女が1人。 次男の時点で母親は女子が生まれてくる希望で、次男の兄と自分は 幼少期、女子なヘアースタイルでした。幼稚園に入る時にさすがに その長く腰らへんまで伸びた髪の毛は馬鹿にされるということで初めての断髪。 すると自分はこの頃からみるみる巨大化していきました。 同級生の子とは頭一つ分大きく、横にも2人分ほど(笑) 謎なほどの急成長のスピード感

          なぜ力士になったのか?

          なぜ飲食の世界に足を踏み入れたのか? Part2

          前回の続きでございます。 そう。FIRE HOUSEでハンバーガーを食べた帰りには友達とハンバーガー屋さん、いっしょにやろうよ!そんなノリになっていたのです。 実はもっと子どもの時、近所の街のパン屋さんで〜あんぱん、カレーパン、クリームパン、チョココロネ、みたいなのが並ぶ内容が昭和のお店が地元にありました。そこでなんでか忘れたけどパン焼き体験させてもらって。焼きたてのあんぱんと揚げたてのカレーパンが、まぁー美味しい!!パン屋さんになれば毎日こんなうまいパンが食えるってこと

          なぜ飲食の世界に足を踏み入れたのか? Part2

          なぜ飲食の世界に足を踏み入れたのか?

          はじめまして、池田圭介といいます。僕の経緯は言葉にするとものすごくシンプル。義務教育を終え力士に。引退したのは30歳。これだけでもう30歳ですよ(笑)今は飲食店で働いてます。 ま、これはものすごくシンプルに経緯だけを言ったものなのでこの中に色んな出会いや出来事があったわけです。今回はまず、なぜ今飲食業界にいるのか。を書きます。 中学2年生の時に地元にマクドナルドではない、当時はめずらしい1食1000円近くするハンバーガーのお店FIRE HOUSEというお店がありました。

          なぜ飲食の世界に足を踏み入れたのか?