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Ⅱ章 彼女の場合⑤

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※本話は、試合内容を含みます。説明の補助のため、コート画像/用語集を転載しております。

 皮肉にも舞衣の願いは裏切られた。
 由比ヶ浜高校は、予選決勝まで上がったのだ。
そして全国への切符を懸けて、王者 青応大附属との対決を迎えた。

 向こう側のベンチでは、藍色の下地に白のラインが入ったユニフォームが監督の指示を落ち着いた様子で聴いている。

 対するこちらのベンチは、白い生地に緑色の縁取りがされた服を纏った少年たちが由比ヶ浜の嶋監督の指示に静かに頷いていた。
「良いですか。私達は格下です。まずは1点取りましょう。ベタな戦術でまず1点。その後はパターンを限定して攻めましょう。複雑な攻めは後半、徐々に出していく……。彼らの脅威は何と言っても対応力です」

 いつも通りゆっくりと丁寧に指示を出すのは、彼らを落ち着かせるためだろう。

 コートの中央で審判を挟み、向かい合う。

 元気そうだな、という声に「お前もな」と応える慧。
幼馴染が全国の舞台を懸けて戦うというのは、どんな気持ちなんだろうか。
ハルは、チームメイトを横目に想った。

 隣から「お前、青応に入ったのか」という声がした。
亮二だった。相手の11番の選手を見ながら動揺を隠せないでいた。

「知り合いか?」
「……歩。瀧 歩。昔の幼馴染だよ、一個下のな」

 久しぶり、と返ってきた声は、優しい印象を受ける声音だった。
声や仕草からは、とても強豪校のレギュラーとは思えない。

「お前の相手デカいな。流石、全国レベル。普通に外人がいるな……」
 205㎝、コンゴの出身らしいぜ、と慧は呟いた。隆は小さく頷いた。
勝たなければと思う一方で、不安が人一倍強かったのは隆だった。


 礼をした後、それぞれ4人の選手が中央サークルを囲むようにして、位置取りをする。残った2人は、中で審判が投げるボールを前に構える。

――――ピッという笛の音が響き、ボールが上空に舞い、戦いは始まった。


 先制点は由比ヶ浜だった。
始まって早々、純がボールを奪い、ハルへ渡す。すぐさま相手陣地の右側へ切り込み、2人の選手を引き付けた。亮二が左へ流れたのを確認して、相手の腕の隙間から逆サイドへパスを送る。
走り出した勢いそのままに受け取り、亮二はジャンプしながら流れるようにスリーポイントを決めた。

まずは1点。それもエースの3ポイント。ベタな戦術で―――—。
これ以上ない走り出しで始まったことにベンチは安堵するが、青応もすぐさま点を取り返す。

――――勝てるだろうか。
舞衣は、身体の中で巡る気持ちを抑えられないでいた。

 由比ヶ浜のリスタートで試合が再開すると嶋監督が小声で呟いた。
「早速ですか。流石ですね……」

 ――――由比ヶ浜の司令塔 ハル 対 青応のエース 水澤。
勝った方が試合の流れをコントロール出来ることは明白だった。

――――先生の言った通り、か……。
「第1クォーターに必ずマッチアップがあるはずです。要するに一対一。相手は、ハル君と水澤君をぶつけるでしょう。実力差があると思ったら迷わず退きなさい。その際はいつものように純君、慧君と組み立てること」

 まぁ……、と言って、指揮官は開始直前にひと言添えて、ハルを送り出していた。


「私の見立てでは、君の方が彼より上手ですよ」



 ドリブルをするハル。マークを外さない水澤。
双方の陣営が固唾を呑んで見守る中、結末は意外な展開を迎える。
ハルが一度、右に踏み込んでから大きく下がり、ボード目掛けてダイレクトパスを送った。水澤の頭上を通り抜け、リングの少し上を狙ったその球を、ボードに当たる直前に純が空中で捕らえ、そしてリングに叩き込んだ。

――――アリウープ。
会場から歓声が上がる中、水澤はふと、足元を見る。自分とハルの立っていた間に1歩半程の差があった。――――完全に釣られた。差があるな。
水澤は間違いなく、全国レベル。その彼が反応できなかった。

 悪い。今のは反応できなかった、と、ゴール下からパスを出す前に藍色の戦闘服を着た司令塔は仲間に告白した。

「あっちのキャプテン。俺より少し上手いな」

 藍色の集団は、その程度で動じるほど脆くはない。
自分より強い人間達を嫌というほど見てきた。その中でどうやって勝つか。
全国を経験した彼らの思考は柔軟で冷静だった。

「とはいえ、朱ノ鳥の鷹山ほど絶望的な差じゃない。全く止められない程じゃない。安心してくれ」

 再開と同時に、水澤は自分から内側へ切り込んだ。
やはり、ハルに阻まれたが、彼にとってはフリースローエリアの右側へ喰い込めただけで充分だった。彼は、止まると同時にバックパスをする。受け取った歩は、亮二をかわしてスリーを放つ。

――――単純な技量で分が悪いなら、連携と経験で補うまでのこと。

その後の対決は、おおよそ6対4程度でハルが優勢だった。
試合の流れは由比ヶ浜優勢だったが、監督の指示通り、積極的に点は取らず、第1クォーターは互いに様子見に徹することになった。


 第1クォーター終了時点
  由比ヶ浜高校 23 ―― 青応大附属高校 12


「もうPG対決はないでしょう」
 帰ってきた選手たちに嶋監督は告げた。

「もしゴール下からの攻めるのであれば、慧君が行ってください。隆君は相手の外国人センター……ジョナサン君の壁役です。ゴール下の守りはリバウンドを狙いましょう。一対一では勝てません。慧君とふたり。ダブルチームで当たってください」
 初戦で入った情報の中から冷静に戦力を分析して、次の戦いに備えた。

「純粋なゴール下の攻めが難しい以上、狙うのは外からの攻めでしょう。隙があれば、ハル君と純君が切り込んで慧君に繋いでみて下さい。」

 では行ってらっしゃい、と言って、由比ヶ浜の指揮官は送り出す。


 一方のベンチでもまた、百戦錬磨の選手たちが監督の指示を聴いていた。
「まさか水澤を抑え込む相手が、県内にいるとはな……」

 青応の監督 藤沢は、頭を掻きながら水澤に視線を送った。
「とはいえ、戦局を大きく左右されるほど差じゃないよな。水澤、引き続き彼をマークして可能な限り抑えろ」と、冷静に主将に役割を与えた。

「まぁ……次で相手の出方がハッキリする。少なくともゴール下から来ることはないだろう。ジョナサンが悉くブロックしたからな」

 そう言って、藤沢監督は選手たちを見渡した。
「当然、さっきよりも多くの手札を見せてくるはずだ。気を引き締めろ。ここが正念場だ。点差は15点以内に抑えてくれ。頼むぞ」

 常勝 青応の戦略は、前半戦で分析をして後半戦で追い上げること。
彼らは淡々と攻撃の機会を伺うため、再びコートに戻っていった。


 第2クォーターは、青応の先制点から始まった。
青応は、ジョナサンに次々と高さのあるパスを押し込んだ。
―――—ゴール下から確実に点を稼ぐ。これは攻めでもあり、抑止になる。

 狙いに気付いた由比ヶ浜側は、自陣のゴール下を深く固めた。
純を頂点に、慧、隆の3人でゴール下に三角形の陣を張り、スペースを塞いだ。外のライン――スリーポイントライン――に対しては、ハルと亮二が牽制、純がカバーすることで青応の攻めを最小限に抑えた。

 対する由比ヶ浜は、2つの攻めを選んだ。
 ハルと純を中心に亮二のマークを外したスリーポイントシュート。
あるいは、囮役の純がパスを送り、慧は反応したジョナサンに左手で壁を作る。ジャンプと同時に残った右手で相手の腕を抜けるシュート――フックシュート――で距離を取ってゴールを決めた。
時には、ハルと慧がスペースを作り、純が自ら決めに行く場面もあった。
そうしてハル、純が中心となって、中と外の2つの攻めを試み続けた。


 第2クォーター終了時点
   由比ヶ浜高校 39 ―― 青応大附属高校 22


 前半戦が終わり、15分の休憩――ハーフタイム――に入った。

――――由比ヶ浜高校 控室
「この流れは完全に勝ちパターンじゃねぇか。案外、大したことねぇな!!」
亮二はそう言って、舞衣からタオルとドリンクを受け取りながら、控室で声高に仲間を見渡した。

 落ち着きなさい。監督が彼を制した。

「第2クォーターお疲れさまでした。特にハル君、純君。よく働いてくれました。今は回復に専念してください」
「それと慧君。もうゴール下の攻めは厳しいですね?」

「……はい。さっき確信しました。後半はタイミング、高さを完全に読まれてました。あの外人、学習能力が高いですね。もう通じないと思います」

 そうですか、と反応してから嶋は少し考えこむ。

「次は敢えて、ゴール下で戦い方を変えましょう。ハル君、純君は、先ほどの流れで中へ切り込んでください。ジョナサンが動けば、エンドライン近くから隆君へ。そうでなければ、退いて亮二君へ。守りは変わらず、自陣を固めていきましょう」

「相手は後半から追い上げてきます。ここからは総力戦です。持ち味のパスワークを出し惜しみせずに使って、勝ちにいきましょう」



――――青応大附属高校 控室
「……17点差、か。随分と酷くヤラれて帰ってきたな……」と言って、青応の 藤沢監督は、うーんと唸りながら頭を掻いた。

「水澤の幼馴染も良い選手だな……。仲間のカバーに入りながら、自分のマークマンの位置を常に把握している。点もきっちり決める。なかなか器用な選手だ」
「昔から器用な奴でしたけど、あそこまでじゃありませんでした」

 うーん、と再び呻きながら、藤沢は重くなった口を開く。
「だがまぁ……一番厄介なのは、彼じゃないな」
「……そうですね」

で、対策は……、と指示を仰ぐキャプテンに対して、彼は落ち着いた口調で返した。

「もう考えてある。後半は歩に仕事してもらう。無論、他の皆もだが……」



  古豪の指揮官は更に続けた。  
 「賭けても良い。この試合は、必ずウチが勝つよ」



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