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まいにち易経_1009【戦略的無能】箕子の明夷る。貞しきに利ろし。[36䷣地火明夷:六五]

六五。箕子之明夷。利貞。 象曰。箕子之貞。明不可息也。

六五は、箕子きし明夷めいやぶる。貞しきに利あり。 象に曰く、箕子の貞、明息めいやむべからざるなり。

ある企業の新人研修に招かれた老易学者が、
未来のリーダーを担うポストZ世代の若者たちに向かって語る

まず、「明夷めいい」という言葉の意味からお話ししましょう。「明」は光や明るさを表し、「夷」は傷つけるや隠すという意味があります。つまり、「明夷」とは、光を隠すこと、あるいは明るさを抑えることを意味しているのです。
この卦が教えてくれるのは、時として自分の才能や能力を隠すことが賢明な選択になりうるということです。特に、周囲の環境が厳しい場合や、自分の才能が理解されない状況下では、この戦略が有効になってくるでしょう。

具体的な例として、易経では箕子という人物の話が出てきます。箕子は古代中国の殷王朝の賢人で、紂王の叔父にあたる人物でした。彼は非常に聡明で、殷王朝の行く末を憂慮していました。紂王は暴君と化し、国を混乱に陥れていました。箕子は何度も紂王に進言しましたが、聞き入れられませんでした。このような状況下で、箕子はどうしたと思いますか?
彼は狂人のふりをしたのです。自分の聡明さを隠し、狂気を装うことで身の安全を確保したのです。これは、まさに「明夷」の教えを体現しています。

ここで皆さんに問いかけたいと思います。自分の才能や能力を隠すことは、本当に正しい選択なのでしょうか?一見すると、それは自分の可能性を制限しているように思えるかもしれません。しかし、長期的な視点で見ると、これは非常に賢明な戦略になりうるのです。例えば、ビジネスの世界を考えてみましょう。新しいアイデアや革新的な提案を持っていても、それを適切なタイミングで、適切な相手に提示しなければ、その価値は理解されないかもしれません。時には、自分のアイデアを温め、熟成させる時間が必要なのです。

また、組織の中で働く際にも、この「明夷」の教えは役立ちます。例えば、新入社員として入社したばかりの時、自分の能力をすべて出し切ってしまうのは賢明ではありません。まずは周囲の状況をよく観察し、組織の文化や習慣を理解することが大切です。そうすることで、自分の才能を最も効果的に活かせるタイミングを見極めることができるでしょう。
しかし、ここで注意しなければならないのは、「明夷」は単に才能を隠すことだけを意味しているわけではないということです。箕子の例に戻ってみましょう。彼は狂人を装いながらも、自分の内なる光、つまり希望と信念を失うことはありませんでした。
これは非常に重要なポイントです。困難な状況下でも、自分の価値観や信念を守り抜くこと。それが「明夷」の真の意味なのです。外見上は自分を抑えていても、内面では常に自分の理想や目標を持ち続けることが大切なのです。

イタリアの天文学者ガリレオ・ガリレイの話です。彼は地動説を唱えましたが、当時の教会の教えと対立し、迫害を受けました。彼は形式的には自説を撤回しましたが、「それでも地球は動いている」と呟いたと言われています。これも一種の「明夷」の実践と言えるでしょう。外見上は従順を装いながら、内心では自分の信念を貫いたのです。

「自分を隠す」というと、消極的で後ろ向きな印象を受けるかもしれません。しかし、「明夷」の教えはそれとは全く異なるものです。それは、困難な状況下でも自分の本質を失わず、しかも賢明に行動する術を教えてくれているのです。これは、まさに現代のビジネス環境にも当てはまる教えだと思います。変化の激しい今の時代、常に自分の才能をフルに発揮し続けることは難しいかもしれません。時には自分を抑え、周囲の状況をよく観察することが必要になってくるでしょう。しかし、そのような時でも、自分の内なる光、つまり自分の理想や目標を失わないことが大切です。それこそが、真のリーダーシップの源泉となるのです。

アップル社の共同創業者、スティーブ・ジョブズです。彼は1985年に自身が設立した会社から追放されるという苦難を経験しました。しかし、彼はこの期間を単なる挫折としてではなく、新たな学びの機会として捉えました。
ジョブズは、この「追放」の期間中、コンピューター・グラフィックス会社Pixarを設立し、また新しいコンピューター会社NeXTを立ち上げました。表面上は華々しい活躍から遠ざかっていましたが、彼の内なる創造性と革新への情熱は決して衰えることはありませんでした。そして1997年、ジョブズはアップルに復帰し、会社を驚異的な成功へと導きました。この例は、「明夷」の教えを現代的に解釈したものと言えるでしょう。一時的な後退や困難を経験しても、自分の本質的な才能や情熱を失わず、適切なタイミングで再び輝きを放つ。これこそが、「明夷」の真髄なのです。

では、これらの教えを皆さんの今後のキャリアにどのように活かせるでしょうか。
まず、自分の才能や能力を正しく認識することが大切です。自分の長所短所を客観的に把握し、それをどのように活かせるかを考えてください。次に、周囲の状況をよく観察することです。自分の才能を最大限に活かせる環境はどこなのか、どのようなタイミングで自分の能力を発揮すべきなのかを見極める力を養ってください。そして最も重要なのは、どのような状況下でも自分の信念や理想を失わないことです。外見上は自分を抑えていても、内面では常に自分の目標に向かって前進し続けることが大切です。

最後に、「明夷」の教えは決して消極的なものではないということを強調しておきたいと思います。それは、困難な状況下でも賢明に行動し、自分の本質を守り抜く術を教えてくれているのです。時には自分を抑えることも必要ですが、それは単に現状に屈するということではありません。むしろ、より大きな飛躍のための準備期間と捉えるべきなのです。


参考出典

明夷めいやぶ
箕子は殷王朝の将来を憂い、甥である殷の紂王を諫め続けたが、聞き入れられず、紂王は暴君と化した。
箕子は暴虐無尽の時代を察し、狂人を装って難を逃れた。自らの明徳を破り、自分の聡明さを見せなかった。
艱難の時にあって、「明夷めいやぶる」という手段で心の明かり、希望を失うことなく、自分の道を守ったのである。

易経一日一言/竹村亞希子

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