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まいにち易経_0709【善始善終~謙虚が導く勝利の終幕:有終の美を求めて】君子は終わりあり。[15䷎地山謙:卦辞]

謙。亨。君子有終。

けんは、とおる。君子はわり有り。君子有終。

鬼神の法則は、傲慢な者を害し、謙虚な者を保護する。人の法則は、傲慢を嫌い、謙虚を好む。謙虚であれば尊敬され栄え、地位の低い者も礼制を越えない。これは君子の善始善終を示す。
君子はこの謙道を実行することで、有終の美を飾る。

ある企業の新人研修に招かれた老易学者が、
未来のリーダーを担うポストZ世代の若者たちに向かって語る

今日は、易経の中でも特に興味深い「地山謙」という卦について、お話しさせていただきます。これからリーダーとして活躍されるみなさんにとって、非常に重要な心構えが含まれていますので、どうぞ耳を傾けてください。

まず、「地山謙」という言葉の意味からお話ししましょう。
「地」は大地、「山」は山を表しています。大地は低く、山は高いですね。でも、この卦では、高い山が低い地に従う、つまり、謙虚な態度を取ることを教えています。

「謙虚」という言葉、よく耳にすると思います。でも、本当の意味を理解している人は少ないんじゃないでしょうか。謙虚とは、単に自分を卑下することではありません。自分の価値をしっかりと認識しつつ、常に学ぶ姿勢を持ち続けること。これが本当の謙虚さなのです。

私が若い頃、ある先輩から面白い話を聞きました。「人生は大きな器に水を注ぐようなものだ」と。最初は底が見えるくらいしか水がありません。でも、少しずつ水かさが増えていく。ある程度まで来ると、自分はもう十分だと思ってしまう。でも、本当の達人は、自分の器がまだまだ満たされていないことを知っている。だから、常に学び続ける。これが謙虚さの本質なんです。

さて、本題に入りましょう。
「地山謙」の卦辞で特に重要なのは、「有終」という概念です。これは、「終わりを全うする」という意味です。
簡単そうに聞こえるかもしれませんが、実際にやってのけるのは非常に難しいものです。
なぜでしょう?
それは、成功すればするほど、謙虚さを失いやすくなるからです。成功は両刃の剣のようなものです。成功によって自信を得ることができますが、同時に慢心という落とし穴も待ち構えています。

古代ギリシャの哲学者ソクラテスは、「無知の知」という概念を説きました。これは、自分が無知であることを知ることが最も重要な知恵だという考え方です。これは「地山謙」の教えと非常に似ていると思いませんか?
成功しても、まだまだ自分は足りていないと認識できること。これが、長く成功を続けるための秘訣なのです。

では、どうすれば最後まで謙虚さを保ち続けることができるのでしょうか。私なりの考えを3つお話しします。

1つ目は、常に新しいことにチャレンジすることです。
新しいことに挑戦すると、必ず壁にぶつかります。その時、自分の力不足を痛感するはずです。これが謙虚さを保つ原動力になります。

2つ目は、多様な人々と交流することです。
様々な背景や経験を持つ人と接すると、自分にない視点や知識に触れることができます。これも自分の不足を知る良い機会になります。

3つ目は、定期的に自己反省の時間を持つことです。
1日の終わりに、その日の出来事を振り返ってみてください。うまくいかなかったことや、もっと良くできたはずのことなどを考えると、自然と謙虚な気持ちになれるはずです。

さて、「有終」という言葉について、もう少し深掘りしてみましょう。
これは単に「最後まで頑張る」という意味ではありません。むしろ、「初志を貫く」ということなのです。

ピボット(pivot)

近年、起業家の世界で、「ピボット(方向転換・路線変更)」という言葉をよく耳にします。これは、事業の方向性を大きく転換することを意味します。一見、これは「初志を貫く」ことと矛盾するように思えるかもしれません。

しかし、本当に大切なのは、表面的な目標ではなく、その根底にある理念や価値観を貫くことなのです。例えば、「人々の生活を豊かにする」という理念があったとします。その実現手段として始めた事業がうまくいかなくても、理念自体は変わらないはずです。新しい方法を模索しながらも、その理念を貫くこと。これが真の「有終」ではないでしょうか。

トヨタ自動車の創業者、豊田喜一郎氏は当初、自動織機の会社を経営していました。しかし、自動車産業の将来性に着目し、自動車製造に乗り出します。一見すると大きな方向転換に見えますが、「より良いものづくりで社会に貢献する」という理念は一貫していました。これこそが「有終」の精神だと言えるでしょう。

みなさんも将来、大きな決断を迫られる場面があるかもしれません。その時、表面的な目標にとらわれすぎず、自分の根本的な理念や価値観に立ち返ってみてください。それが、長期的な成功への道筋となるはずです。

最後に、「地山謙」の教えを現代社会に当てはめて考えてみましょう。今、私たちは情報があふれる時代に生きています。SNSを見れば、華々しい成功話がたくさん目に入ります。それを見て、自分はまだまだだと落ち込む人もいるでしょう。

でも、それは逆に考えれば、謙虚さを保つチャンスでもあるのです。自分より優れた人がたくさんいることを知る。そして、そこから学ぼうとする姿勢を持つ。これこそが、現代における「地山謙」の実践ではないでしょうか。

同時に、自分の成功をSNSで発信する時も要注意です。ともすれば、それが自慢や慢心につながりかねません。成功を共有するのは良いことですが、それと同時に、まだ足りない部分や、これからの目標も併せて発信する。そうすることで、謙虚さを保ちつつ、周りの人々にも良い影響を与えることができるでしょう。

まとめ

さて、長々とお話ししてきましたが、「地山謙」の教えは結局のところ、こう要約できると思います。

「成功しても謙虚さを失わず、初志を貫き通すこと」。
簡単そうで難しい。でも、それを実践できれば、きっと素晴らしいリーダーになれるはずです。

みなさんには、これからの人生で多くの成功と挫折が待っているでしょう。その波に翻弄されることなく、常に自分の軸を持ち続けてください。そして、どんなに成功しても、学ぶ姿勢を忘れないでください。

初心忘るべからず

最後に、私の座右の銘をみなさんにお伝えして、この講演を締めくくりたいと思います。「初心忘るべからず」
これは、室町時代の能楽師、世阿弥の言葉です。新人の頃の謙虚な気持ち、学ぼうとする姿勢を忘れないこと。これは、「地山謙」の教えとも通じるものがあります。

みなさんが、これからの人生で「地山謙」の教えを実践し、素晴らしいリーダーとして活躍されることを心から願っています。

本日は長時間にわたり、ご清聴ありがとうございました。

豆知識:『有終の美』出典

『詩経』
蕩蕩上帝、下民之辟。
疾威上帝、其命多辟。
天生烝民、其命匪諶。
靡不有初はじめあらざるなし、|鮮克有終《よくおわることすくなし》。

およそ初めは良いが最後まで全うする者は少ない。

ちなみに、「有終の美」は中国語で「善始善终」(発音:zhàn shǐ zhàn zhōng)と表現されます。これは、始まりも終わりも良いことを意味し、物事を首尾一貫し最後まで立派に成し遂げることを指します。


参考出典

有終の美
「終りあり(有終)」とは初志を変えず、一貫して物事を成し遂げ、終わりを全うすること。
名声などない時は心から謙虚になれるが、成功して高位に上りつめると、知らぬうちに慢心が現れる。
しかし、まだまだ自分は事足りていないと分かっていれば、最後まで謙虚さを保ち続けることができるはずである。そのような姿勢を貫くならば、有終を迎えることができる。

易経一日一言/竹村亞希子

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