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幽霊執事の家カフェ推理 第四話・マーメイドのパルフェ7

塔子は久しぶりにリュウのお弁当を社員食堂で食べた。自社ビルにある食堂は休憩室も兼ねているので、持ち込みができて助かる。

今日は麻美がいないようだ。代わりに彼女の先輩である、話好きの中年女性が愛想よく微笑みかけてくれた。

よく挨拶するので顔は覚えているが、社員食堂のスタッフはネームプレートをつけていないので名前はわからない。それは向こうも同じらしく、

「おねえさん、おねえさん」

と声をかけてきた。塔子は笑顔でそれに応えた。

女性は、きょろきょろと辺りを見回し

「おねえさん、イヴくんとも仲良くしてたよね?」

声をひそめたつもりのようだが、なかなかのボリュームだ。

「あ、まあ、そうですね。安永さんも・・・」

「私見ちゃったのよ」

塔子の言葉にかぶせるように女性は言った。

「いつもシロップとかお菓子届けに来る、若い男がいるでしょ。あの人、イヴくんをときどきどこかに連れてくの。無理やり手を引っぱって車に乗せるとこ私、何回か見てるんだよね」

後半は、想像か先入観だろう。

「はあ、でもそれは、あの二人は仲良しで」

「脅されてるに決まってるじゃないの!きっと、どこか変な場所に連れて行かれてるんだわ。それにね、それだけじゃないんだって」

声を落としていた気配さえ、もうない。しかしそれはイヴのことを心配しているからというより、単なる興味本位に聞こえてしまう。

「室田部長の車にかけられたハチミツ、あそこのなのよ。それも、うちの食堂で使ってたやつ」

彼女の言葉から、塔子は麻美が心配そうに言っていた噂のことを思い出していた。こうして少しの事実に憶測が混ざり、もっともらしい尾ひれがついていくのだろう。塔子が嫌う現象の一つだ。

そのうち二人の会話、というより中年女性の声を聞きつけた食堂スタッフが加わった。彼女が自分も大志がイヴを強引に連れて行くのを見たことがあると言い出すと、場は一気に盛り上がった。

大志の会社が契約を切られるのでは、というところまで話が発展したとき、

「あ、ごめんなさい。打ち合わせ遅れちゃう。お疲れさまです」

塔子は、じりじりと立ちたくてたまらずにいた腰を上げた。

はじめに声をかけてきた女性は親しげに手を振ってくれたが、完全に噂に集中しているのがわかる。

塔子が足早に社員食堂を抜け出す途中で、イヴがカウンターから出てきた。ハーブティーのポットを規則的に並べていく。

「あ、ねえねえイヴくん」

いつのまにか人数が増えている噂グループから、さっきの女性が声をかけた。

「それ終わったら、ココアあるから飲んでいいよ」

なぜかイヴには優しいようだ。

イヴは首をすくめて女性の集まりから目をそらした。

「いりません。ココアは、ねむくなる」

いつもの透き通った声でそう言うと、くるりと背を向けてまたポット並べに熱中し始めた。

そう、イヴの集中は熱中なのだ。

塔子は、噂話を完全に切り離した別世界に住むイヴの姿に、しばし見入っていた。

 

 

じゅうにがつ とおか ふ雪

きょうは雪でまっしろです。

雪のけっしょうは、みんなかたちがちがいます。おなじのは、ひとつもないそうです。

ママは、けっしょうのひとつひとつになまえをつけました。

これは、こうしゃくふじんのレースあみ。

これは、ゆうかんな、きしのメダル。

こううんの、くものす。

てんしのヴェール。

花びらのあまいひみつ。

雪のけっしょうにはろっぽんのえだがあり、はっぽんやごほんはない。

 

真夜中の部屋は、不自然なほど静まり返っている。

重厚な家具にしっかりと押さえられた家は、外で吹き荒れる風を背後に感じながらも、何食わぬ顔で建っていた。

リュウは、浅く眠る相手を見下ろした。塔子には見せたことのない、沈んだ目だった。

「心を開いておいてあげてください。イヴくんが道に迷わないように」

窓の外では吹雪が街を白く埋め、イヴが黙々と作り続けた雪だるまが、徐々に形をなくしていた。
 

 

ある土曜日、大志を励まそうと塔子は、麻美(とリュウ)を連れてカフェ・ハニービーに行った。

しかし当の本人は何一つ気にしているようすはなく、塔子はほっとしながらも拍子抜けした。

「食堂のおばちゃんが、ハチミツのことで何か言ってんのは知ってますよ。俺がやったんじゃねえかって」

やってないから関係ないと言わんばかりの軽い口調で、大志はあっさりと話を終わらせた。

彼は心底楽観的で、不要な雑音は取り入れないのだろう。噂の勢いにのまれていたのは、むしろ塔子たちだったのかもしれない。

身体にフィットした黒いシャツ姿の大志は、いつになく上品な印象を与えていた。

今日もイヴが来ていて、熱心に筆を動かしている。まばたきも忘れていそうな真顔だ。それが楽しんでいるようすだと、今は塔子にもわかる。

イヴはカシミアらしいミルク色のセーターを着ていた。シンプルでおしゃれなものだが、手を半分近く隠す長い袖が、いつものように彼を幼く見せていた。服は誰が選んでいるのだろう、と塔子は思った。

大志は試作のパルフェを出してくれた。

ロールケーキの上にクリームとベリーがたっぷり載って、かわいらしい。

その周りをピスタチオやチョコレートのアイスクリームが囲んでいる。

生クリームの上にかかる褐色の蜜が、前回のハニビパルフェと同じように、繊細で美しい線を描いていた。

麻美と塔子は、早速ひとさじすくった。ハチミツとは違う、ほろ苦いような香ばしさが広がる。メイプルシロップだ、と塔子は思った。

それがふんわりと甘いロールケーキを引きしめていて、とてもおいしい。 「これ、絶対メニューに入れた方がいいよ」

麻美も笑顔になってフランボワーズとクリームを口に入れた。

大志が呼ぶと、イヴはしばらく彼を無視してから筆を置いた。彼の中で区切りがつかないと、反応しないのだ。

イヴはトコトコと歩いてきて、テーブルについた。塔子は意外に感じてそれを見つめた。

イヴはパルフェをしげしげと見た。それから、

「いただきます」

「どーぞ」

大志が笑って頷くのを見ると、夢中で食べ始めた。

「おいしいね、イヴくん」

なんとなく嬉しい気持ちになって、塔子は声をかけた。

「はい。メイプルシロップはミネラルが豊富で、ほかの糖類に比べてカロリーが低いのが特徴です」

一方的で滑らかな説明がイヴのやわらかい声に乗り、唐突に終わる。

麻美と塔子が驚いて大志を見ると、彼は頭をかきながら笑った。

「前に教えたら、覚えちゃったみたいっす」

それきりイヴは黙って、ロールケーキをメイプルシロップにつけて食べていた。

大志は塔子たちにコーヒーのおかわりを注いだ。

「実は、このパルフェはイヴのために作ったんすよ」

ハチミツ嫌いなイヴもメイプルシロップなら食べられるかと考え、ハニビパルフェのメイプルシロップ版や、スイーツを作っていたという。それを出したところ、イヴは喜んで食べたのだ。

「やっぱりイヴくん、ハチミツはだめなの?」

麻美は不思議そうに訊いた。

「甘過ぎるのかなあ・・・見た目はああだけど、大人の味覚なのかも?」

率直な言い方に、塔子は思わず苦笑した。

大志は、塔子に向き直って説明した。

「こいつ、ハチミツ見ると異様に嫌がるんすよ」

頷きながら塔子は、初めてここに来たときのことを思い出していた。

大志はクリームをすくうイヴを見ながら、

「置いてるボトル見ただけでも、怖がっちゃうんで。俺は、じいちゃんのハチミツは世界一!って思ってるから、残念なんすけどね」

それはそれでいいと思っているとみえて、笑顔のまま言った。

塔子も曖昧に微笑んでおいた。

麻美は相変わらず不思議そうにイヴを見て呟いた。

「怖い映画でも見たのかなあ。夜な夜なハチミツを買いに来る幽霊の話とか」

「そりゃ水飴だろ」

大志のツッコミに麻美は笑った。

「そうだっけ。でもほんと日本のホラーって怖いよね。なんか、ジメジメしてて・・・小さいころ見たの、いまだに思い出すと怖いもん」

夜な夜な何かを買いに来る幽霊・・・塔子はつい、明後日の方向を見上げていた。


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