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幽霊執事の家カフェ推理 第四話・マーメイドのパルフェ8

大志本人が疑われていることを全く気にしていなかったため、塔子も麻美もそれ以上カフェでその話題は出さなかった。多少親しいことを差し引いても、大志がやったとは到底思えない。

彼の反応はあまりにまっすぐだった。

しかし夕食の席でリュウは、確かに大志さまには動機がございますと言った。

「どういうこと?」

つい問いつめる口調で塔子は訊いた。

昼間の実感を真っ向から否定されたような気になる。

「見てたよね?」

「は、もちろん陰から塔子さまを警護しておりましたゆえ。それと、ここ最近で多少は皆さま方のことも拝見しておりましたので」

皆のことを見ていた・・・塔子の知らないところで彼が見た真実があるということなのだろうか。 しかしその前に塔子は、最大の懸念を確認した。

「誰かに見られてないよね?」

「は。そのようなことは一切ございませんので、ご心配なく」

リュウは丁寧にお辞儀をした。それから、そつなくアップルティーのカップを塔子の前に置いた。いい匂いだ。

すぐに塔子は、ひと口吸った。そうして少しばかり気を落ち着けてから、

「どういう意味?大志くんに動機があるって」

と訊いた。

リュウは少し迷ったようなようすを見せ、背すじを伸ばした。

「あの方は、熱帯魚の青年を大変気にかけていらっしゃいます」

「イヴくんでしょ?うん、それはそうだけど、それが何で車にいたずらすることになるわけ?」

「は。あの青年がおびやかされている、としましたら・・・そしてそれを大志さまがご存知でしたら、動機になり得るのではないかと」

「え?おびやかすって・・・室田さんが?なんで?」

わけがわからなかった。塔子は怪訝な顔になっているのを自覚しながら訊いた。

「リュウ、何か見たの?」

「は、いえ、わたくし、その点につきましては何も見てはおりません。見てはおりませんが、様々なことから組んだ推理の一つでございます」

悪い想像しか浮かばない。塔子ははっとして訊いた。

「虐待とか、違法な低賃金で働かせてる・・・とか?」

そういうニュースを見たことはある。外国人技術研修とか障がい者就業促進といった制度の名を借りた、労働力の搾取だ。それも報道で発覚したり取り締まられているのは一部で、実際には横行しているという。

麻美がいつも言う室田の人柄からは、相当ずれを感じる話だ。

しかし塔子は社員食堂で見かけたとき、イヴが彼には懐いていなかったことを思い出した。

あのとき室田に対して取り乱したように、雇う人間にしてみると、イヴには手に負えない面があるのかもしれない。

でも、仮にそうだとしても、立場の弱い人を利用するやり方は卑劣以外の何ものでもないと塔子は思う。

リュウは黙って耳を傾けている。塔子が話しながら整理するのを、待ってくれているようにも見えた。それで、塔子も少し冷静になった。

「・・・あ、でも待って。イヴくんをかばうのに、車にハチミツかけたって抑止力にはならないよね」

大志の性格なら、そんな嫌がらせではなく正攻法でいくだろう。直接何か言うか、なんなら拳にうったえる方が、よほど彼らしい。

そもそもそんな社内事情があったとしても、大志が知っているとは考えにくい。社員食堂の噂が聞こえるということもあり得るが、それならもっと早く麻美が何か言ってくると思う。

それ以前に雇用の話は、外部の業者が私情で介入できる問題ではない。

塔子は色々と考えこんでいたせいで、そんな単純なことにも回り道してから気がついた。

では、一体何があるというのか。

リュウは塔子の推測に対しては何も言わなかった。

ただ、そうですなと素直に頷き、

「は。ですがわたくし、大志さまが犯人とは考えておりませんので、ご安心ください。あくまで動機として考えられる、というだけでございます」

「なんだ。やっぱりそうでしょ?最初から言ってよ」

塔子は椅子の背もたれに体をあずけて、息をついた。やはり、リュウも大志の人柄を見抜いているようだ。

何かあれば彼は身を挺してイヴを救おうとするだろう。なぜそれほどまでに目をかけているのかは、わからないけれど。

それにしても、いつになく遠回しなリュウの言い方が気になる。動機になる原因とは何なのか。

「リュウのことだから、犯人の見当はついてるんじゃない?」

リュウは、それには答えずにアップルティーのおかわりを注いだ。それからティーコージーをポットに丁寧にかぶせた。

「塔子さま」

意を決したようなリュウの声に、塔子は思わず顔を上げた。

リュウは塔子をまっすぐに見つめていた。

「今回に関しては、わたくし、姿を現したく存じます」

・・・出た。つい塔子はそう思っていた。

「・・・リュウ」

しかし抗議するより早く、リュウの深刻そうな目が塔子を射抜いた。

塔子は思わず、息をのんだ。

リュウは声だけは落ち着いたいつものトーンで言った。

「今からお話しすることを塔子さまにご納得いただき、かつ皆さまの安全が確実なら、わたくし引っこんでおりますが」

それは無理かと存じます、と続けたそうだった。

「ちょっと待って、安全って・・・」

車にハチミツをかけられたぐらいのことが、なぜ危険に発展するのか。

事件とも言えない、いたずら程度のことで(もちろん室田にはひどい災難だが)。

しかし当たり前のはずの反応も、リュウの深刻な表情を前にしぼんだ。

「わたくしにも、守るべきものがあるのでございます」

静かな声ではあるが、断固とした口調だった。

「ですがわたくしには、たとえば自動車事故をお止めするといったような、ご存命の方々の領域に直接関与することはできかねます。せめて塔子さまのおそばで、最良の結果をお手伝いしたいのでございます」

まるでただ事ではないように聞こえる。この先に、まさか想像もつかない事件があるとでも言うのだろうか。

しかし実際、リュウは両手をきつく握りしめている。

「聞いてくださいますか?」

塔子は黙って頷いた。そうするしかなかったのだ。

 

じゅうにがつ じゅうろくにち はれときどき、雪

きょうはパパがはやくかえってきました。グレイスもぼくもよろこびました。

だんろのところで、まっていました。

いっしょにアドベンカレンダーをしたかったけれど、パパはあとでねといいます。

おきゃくさんとしょくじをするからきがえなさいと、ふくをもってきました。

くろくてりっぱなジャケットです。

かなえさんがもってくるジャケットは、たくさんチェックやポケットがついています。いろも、くろじゃない。

かなえさんは、そのほうがいいのだといいます。でもぼくは、パパがもってくるののほうが、かっこいいとおもいます。

パパはふくにけがつくから、きょうはグレイスは、ちがうおへやでおるすばんだよといいました。

でもそれは、かなえさんがいるからだとおもいます。

かなえさんがくると、パパはグレイスをべつのところにやります。

かなえさんはグレイスがすきじゃない。 グレイスも。

だけどぼくは、グレイスとずっといっしょです。

 

香苗が均の自宅に着いたとき、すでにケータリングのシェフが準備を終えていた。

イヴがいると外食は難しい中、精いっぱい彼女をもてなそうという、均の気遣いだ。一流ホテルにいた有名なシェフだと聞いている。

香苗が玄関に立つとすぐにドアが開いた。均の笑顔が見える。着くのを待っていてくれたようだった。香苗も微笑みをかえした。

均は中に彼女を通すと、コートを脱ぐのに手を貸してくれた。

リビングから二階に続く階段の前に、イヴが立っていた。

きちんとジャケットを着て暖炉や大きなクリスマスツリーを背景にしていると、絵になる。

彼は香苗に見向きもせず、階段に座る大きな犬を撫でていた。

グレイスは主人より早く香苗に気づいていた。そして目が合うなり、吠えて彼女を威嚇した。階段の前に鉄の門があるので出てこられないようになっているが、香苗はつい後ずさった。

「グレイス」

均がたしなめると、グレイスは吠えるのをやめた。

「イヴくん、お食事だよ。来なさい」

均は息をついて声をかけた。

「ちゃんと手を洗っておいで」

イヴは首をすくめて振り返り、二人を見た。それから、グレイスの頭を撫でて離れた。

グレイスは名残惜しそうにイヴの背中を目で追った。が、やがて香苗の方を見ながら鉄格子の後ろでうなった。明確な敵意が感じられた。

香苗はその大型犬から素早く目をそらした。ゴールデンレトリバーは温厚だと聞いていたが、そうでもないのだろうか。

「大丈夫かい?」

均が優しく声をかけた。厚い手がそっと肩にのる。

香苗は頷くと、彼に寄り添った。

「大きい犬は怖くて。ごめんなさい、ここに来るなら慣れなくちゃいけないのにね」

努力して向けた笑顔は、どことなく儚げだ。

「イヴくんの大切なお友達だし」

香苗はひたむきに均の家族を受け入れようとしている。均は守るように彼女の肩を包むと、ダイニングルームに向かった。

 

料理はすばらしかった。香苗と均は、終始目で微笑みあいながらワイングラスを傾けた。

イヴは、シェフがおもちゃのような美しい食べ物を一品一品、丁寧に盛りつけるのを見ていた。

キャンドルで照らされた空間を、ときどきキラッと鋭い光が通る。

その光は香苗の指から発せられていた。イヴは目がくらみそうになり、ぱちぱちとまばたきした。

香苗は、大きなダイヤモンドのついた指輪をときおり幸せそうに触っていた。

彼女の細い指が優雅にキャビアをすくってブリニスに載せるのを、均は満たされた気持ちで見つめた。

「イヴくん」

父親の呼びかけに、イヴははっと顔を上げた。彼の声は穏やかではあるが、いつもと違う空気をまとっていた。

均はイヴに、近いうちに香苗もここで一緒に暮らすことになると告げた。

香苗は安心させるようにイヴに笑いかけてきた。

イヴは目をぱちぱちさせて、それから何ごともなかったかのように首を傾けた。

「パパは、ママといっしょです」

均は、ああと声をもらしてから優しく言い聞かせた。

「大丈夫、イヴくん。それはなくなってしまうことではないんだよ。ママはずっとイヴくんとパパをお空から見守ってくれているからね」

「グレイスも」

「・・・そうだね。みんなママが見守ってくれる家族だ。その家族に、香苗さんが入るんだよ」

均は香苗と笑みを交わしながら言った。

イヴは反対側に首を傾けてから、左右に振った。

「あれは、ママのドレッサーです部屋です」

「イヴくん」

均の辛抱強い声にも、イヴは理解を示さなかった。

イヴは激しく頭を振って父親を見つめた。目を潤ませ、成人男性にしては少し高い声で言葉を絞り出す。

「・・・パパ」

イヴの身体は見えない糸で締めつけられていた。

このままでは、息ができなくなる。あのときのように。

イヴは身を震わせて、転がるように椅子から降りた。父親の呼ぶ声が聞こえたが、そのまま駆けだしてダイニングを出ると、クリスマスツリーを通り抜け、鉄格子を外して二階に逃げた。

グレイスがついてきたので、二人は安全な場所―イヴのベッドに倒れこんだ。

グレイスが、サイドテーブルにあるママの香水瓶を咥えてきてくれた。イヴは震える指でそれを握りこむと、グレイスを抱きしめた。

 リュウは、それを天井から見下ろしていた。

 

ダイニングの二人は、しばらく何も言わずに座っていた。シェフが気まずそうに空いた食器を下げた。

「・・・まだ早かったかしら」

やや青ざめた香苗が、細い声で呟くように言った。

「そんなことはない。すまなかったね。私が伊雪に、ちゃんとわからせないといけないな」

均は息をついて、天井を見上げた。そこに亡き妻の影は感じなかった。

香苗は黙ってワイングラスを傾けた。濃厚な液体が、少し苦く感じられる。

・・・この人は、いつもすまないと言う。でも、決して変わることはしない。

香苗だって、イヴと接するのがきついときもある。均と過ごすよりも、彼に費やす時間の方が圧倒的に長いのだ。

何を考えているのか全然見えない大人の男に、子どもに対するような世話をやく違和感も、完全に拭い去れるわけではない。

でも、自分はこれでいい。この人の妻になることが、一番の望みなのだから。

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