いたずらをして人の注意を引くという戦術:心の奥では「こっちを見て」というサイン
嫌よ嫌よも好きのうち
教員になりたて一年目の時に、先輩の先生が私にアドバイスをくれました。
こんな出来事があったので相談をしたときのことです。
教員一年目のとき廊下を歩いていると、高校3年生の生徒会長がこちらに向かって来て、私とすれ違う瞬間にこう言いました。
「キモ」
何が起こったかよくわからず、振り返るとスタスタ歩き去っていました。
当時大学卒業したての22歳でしたが、生きてきた中で初対面の人にキモいと言われたことはなかったので、自分のことを言っていたかどうかもわかりませんでした。恐らく私に言ってたようですが、女子校の洗礼を受けました。
生徒会長からの洗礼
22歳の時に新卒で教師になり、高校3年生の英語の授業を担当することになりました。実際には5歳ぐらいしか変わらない年齢差であったので、色々と挑戦されました。
その生徒会長は、校内の生徒からも圧倒的な支持を得ていて、学校に若い男の英語の先生が来たということで、生徒会内でも話題になっていたようでした。会長だけではなく、他の生徒会メンバーからの斜に構えた熱烈歓迎を今でも鮮明に覚えています。
当時の自分は「大変なことになった」と試行錯誤していましたが、しばらく経って振り返ると、あれは私の記憶に刻み込むための彼女の戦略であることがわかりました。
「自分は全校生徒からの圧倒的な支持を得ている生徒会長だから、敢えて自分から新米教師に寄っていくことはないけれども、私のことは覚えておけよ」的な合図だったのかもしれません。その生徒は中高一貫校で築きあげた地位とプレゼンスとプライドがあるので、新米教師というだけで自らヘラヘラ寄って来るという感じでは全くありませんでした。そのご挨拶が通りすがりの「キモ」だったのだと思いました。
英語が得意で外国語学部を目指していたその生徒は、成績も優秀で英語の授業中も鋭い質問を投げかけて挑戦して来ました。本当に良い質問だったので、「ここに気づくのはさすがだな」と褒めながらその挑戦を受けて立ちました。そして、自分が英語学習で本当に苦労した話、自分は英語教師の免許はあるけど一人の英語使用者に過ぎず、完璧ではなく学習者であるという話、留学中に体験した話、自分が困った話、失敗した話等を授業中に折り混ぜていき、全体の生徒からの支持を少しずつ得ることができたように感じたこともあり、尖った氷は彼女の卒業の直前くらいにほんの少し溶けた感じでした。
(当時の英語通信や体験談の一部については以下マガジンにまとめてあります。)
その後、その生徒は私と同じ大学の短期大学部に入学し英語を専攻しました。その後大学に編入をし、小学校の教員になりました。就職してから旅行できるタイミングがあったようで、友人と一緒にバンコクにも遊びに来てくれて、高校生の時の当時の話も振り返りながらざっくばらんに話すことができたように思います。
あの時の「キモ」は本当は「自分を見て」というサインだったのかもしれません。当時その生徒が目指していた大学を私が卒業していたこともあり、本当はもっと話をしたかったようです。「嫌よ嫌よも好きのうち」と先輩の先生は私に言いましたが、当時の私はなかなかそうは思えませんでした。周りの目もある中で、彼女なりの当時の精一杯の表現方法だったようです。
最後に
子育てをしていても、子ども自身がやってはいけないとわかっていても、敢えていたずらをしたり、挑戦して来ることがあるかと思います。一つはどこまで許されるのかという許容範囲のチェックだと思いますが、もう一つは自分を見て欲しいというサインのような気がしています。大人に刺激を与える方法を探っているかのようです。
いたずらをする子どもの心の奥は実は純粋で、「自分を見て」というサインだと心に留めて、自分に言い聞かせながら、昨日は息子が派手にやらかした水性絵の具を掃除していました。
今日も最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。
下のボタンを押していただくと、私の好きな言葉が出てきます。
いつもnoteを読んでいただきまして、ありがとうございます。 サポートいただいた際は、私からのサポートに使わせていただきます。 記事をきっかけにみなさまと繋がることができれば幸いです!