「べに」

想イヲツヅル #67


全部


全部が無くなった


そう思った


友情も


恋愛も


信頼も


全部が無くなってしまった


僕のせいだ



.
.
.


先日行ってきた
彼女の舞台公演の帰り道

「話したいことがあります」
「近々会えますか」

という
君からのラインを受けて


後日

仕事終わりに
いつものファミレスで
君と落ち合うことになった


ファミレスに着くと
先に来ていた君が
奥のテーブル席に座っていた

「どうしたの?」
「何かあった?」


そう君に声をかけながら
僕も席に着く

君はミルクも入っていない珈琲を
スプーンでくるくるしている

僕は
「晩御飯まだでしょ?」
「なんか食べようか」


君から″会いたい″と言われたことに
浮かれてしまっていたのか

そう君に話すと

いつもより妙に高くなっている自分の声色に気付いた


「いらない」

ボソッと霧がかかったように
いつもの君らしくない声がする


君と初めて話した時の
ホワッとした感じでもなく

″なにか″の感情を押し殺してるような


僕の音と対照的な

冬の空のような
ひんやりとした君の音が鳴った

僕はその音を聞き流すように

「そっか」
「じゃあ僕も珈琲にする」


ホットのアメリカンを注文した


すると間もなく


君が僕に問いかける


「わたしに話したいことってない?」


楽しいのか
辛いのか
悲しいのか
怒っているのか


全く感情の読めない
ほんの少しだけの笑顔を浮かべながら
君が言う

ただ

君は真っ直ぐに僕を見ている


僕は訳も分からず


「どういうこと?」
「君に話したいこと?」

「なんだろう。。。」


とにかく
まずは心を落ち着かせようと
注文した珈琲が来るのを待ちたいのだが

君は続けるのである


「ほら」
「話してないことないの?」
「あるでしょ?」


僕は今の状況が

″良い空気″なのか″悪い空気″
なのかすら
手探りな状態で


どう返事をすれば良いのか
言葉を必死に選んでいて


「うーん」
「なんだろう」


お茶を濁すしかなかった


そして
やっと珈琲が届いた頃


僕は大きな間違いを起こすのである

僕はこの″わからない空気″に翻弄されたのか
冷静さも理性も失って


「君のことが好き」

「好きだよ」

「付き合ってほしいと思ってる」


つい想いを溢してしまったのである


そう伝えた瞬間

君の頬が紅を差したように赤らんでいき

目も潤んで充血していくのがわかった


ただ
これは″恥ずかしくて″

とか

そういうものではなく

確実に君の″怒り″なのが
瞬時にわかってしまうほどだった


君は言った


「なんでわからないの?」
「話してないことあるでしょ?」


「あのさ」


「どうして彼女がいるのに」
「わたしが好きだとか」
「付き合いたいだとか言えるの?」

「どうして?」


この瞬間

僕の頭は真っ白に

そして

その後すぐに
真っ黒な暗闇に襲われて

全く前が見えない状態になってしまった


それでも
必死で前を見ると

薄っすら見えた
そこにいる君は


目を潤ませて

顔を真っ赤にして

苦しそうに

悲しそうに


それでも

必死でその感情を隠すように

口元だけは笑顔を保とうとしている

そんな君がいた



君に″会いたい″と言われて
浮かれていた自分を殴りたくなった

「ごめん」

そう言うしかなかった


僕は舞台公演の後も
まだ彼女に会っていない

もちろん

ちゃんと″さよなら″もしていない

そして
目の前の君は

その後も
僕に絶望をくれるために
話を続けるのである


なるべく冷静に文章にしたいと思うのだけれど


君に話を聞けば


僕に彼女がいることを話したのは友人ということだった


先日
友人に呼び出されて
突然
話されたらしい


そして

ここからさらに
頭が壊れていく
心も壊れていく出来事が起こるのだが

友人は君に
僕の彼女の話をした後

君に告白をしたのだそうだ


君と付き合いたいと


そう言ったのだそうだ


その話を聞いて

僕は訳が分からなくなってしまって
さらに苦しくなってしまう


「がんばれよ」
と言ってくれた友人

そして

一瞬見せた
とても悲しそうな友人の笑顔が
頭をよぎる


だけれど

一番苦しいのは君なのである

友人は以前から君に
恋愛相談もしているし

友人に彼女がいることは
君もよく知っていることだろう


そんな友人が


君に僕の彼女のことを話し


少なからずショックを受けているであろう君に対して

彼女がいる友人が

僕と同じように君に告白をしたのである


君からしてみたら

こんなに悲しいことはないだろう

仲良く遊んでいた友達

一緒に
お酒を飲んだり

ビリヤードをしたり

夜景を見に行ったり

ラーメン食べたり


笑い合った友達が


まるで自分を裏切っていたように思うだろう


いや違う

実際に裏切っていたのだ



君は泣いていた


泣き声も出さないで
声色もなるべくいつもと変わらないように
淡々と話しながら


泣き顔にもならないように

いつもとなるべく変わらないような
″いつもの君の優しい表情で″

目も細めずに
真っ直ぐに僕を見つめながら

大きな涙の粒が

ただただ
頬を伝っていた


そんな君に僕は言った

こんなことを言っても
取り返しはつかないだろうし

裏切ったことには変わりないけれど

「君が好きな気持ちは本当なんだ」
「もう信用できないと思うけれど」

「僕はこれから彼女と話してくる」
「さよならしてくる」


「だからお願いだ」
「僕がおかしいのはわかってる」

「ただもう一度だけ」
「彼女と話し合った後」
「もう一度だけ僕と会ってはくれないか」
「僕と話してくれないか」

僕は懇願した
自分の″汚さ″がわかっていても

君をたくさん傷付けてしまっていても


それでも

僕の目の前から
君がいなくなってしまうのが

嫌で嫌で仕方がなかった


そして君が答える

「もう会わないよ」

「もう会えないんだよ」

「さよなら」


僕はそれでも


「今から彼女と話しに行ってくる」


「また連絡するから」
「お願いだ」
「お願いだから、、、」

ここまで誰かにしがみ付こうとしたのは初めてだった

僕はこんなにも間違っていながら
君にしがみ付こうと必死な
自分勝手で最低な人間だった


冷たくなった珈琲を一気に飲み干して

君とファミレスから出て
さよならをした

″さよなら″にならないように
さよならをした



僕はその足で彼女の家に向かう

彼女に
「今からすぐに会いたい」



また自分勝手な連絡をするのである

僕の人間関係も

僕自身も

壊れていく


すべてが崩れ堕ちていく

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