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ショートショート

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企画で書いたもの、自作のショートショートを載せています。
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記事一覧

ショートショート35 おじいちゃんは町の変わり者

 僕のおじいちゃんは町の変わり者と呼ばれている。でも、僕はおじいちゃんのことが嫌いじゃなかった。おじいちゃんの家は町のハズレにある洋館で、僕はそこでおじいちゃんと二人で暮らしている。両親が海外赴任の間預かってもらっていた。  初めは数ヶ月と言っていたのが、季節が変わる頃になり、次には年が変わるころになり、今では僕が大人になった頃に戻ってくることになっている。  僕は別に嫌じゃなかった。今の時代、別にネットさえあればいつだって顔を見られるし、声も聴ける。小さい頃は本当は両親は死

ショートショート 34 世間の流行はメゾピアノ

「若い子の気持ちがわからない」  俺は居酒屋の個室で友人である入江に相談していた。しかし入江は持っていたビールを持ったまましばらく固まった後で大笑いした。 「おい、笑うなよ」 「だって、いつも安い飲み屋でいいとかいうお前がわざわざ個室まで用意して、何を相談するかと思えば、そんなことかよ」 「そんなことってなんだよ」  俺は真剣に悩んでるっだっつうのと、ビールを勢いよく飲み干す。昔はそうするだけで悩みなんてどうでもよくなったというのに、今はむしろ不安が増すばかりだ。こうやって酒

ショートショート 33 人間失業

『名作を一文字変えて書く』 という企画で書いた作品です。  仕事を失業した、そう話したときの人の反応は大抵喜怒哀楽に別れる。あんな仕事辞めてよかったよ! なんで辞めたんだ! それはつらかったですね。ほっとしました。  俺もそのどれかだろうなと思った。あとは呆れられるか、無視されるかくらいだろう。  だからまさかハロワで職員から「まだ人間は失業してらっしゃらないですよね?」と言われて、心底驚いた。え? って声に出た。割と大きな声で出た。 「聞き間違いでしたらすみません。人間を

ショートショート 32 結婚式にやってきた怪盗

 白い服と温かみのある光。これからの未来の不安なんて微塵も感じさせない笑顔の二人。唯一場違いにも見えるレッドカーペットすら、二人を祝福することに専念している。二人のうちの一人、男女のうちの女性がこちらを見ていっそう微笑む。  私も薄く返した。ここでくしゃっと笑おうものなら、二人に失礼だ。  女性は私の友人だった。小中を一緒に過ごし、高校は別だったが、まさかの大学が一緒だった。それまで互いの家に遊びにいくほど仲がいいというわけではなかったが、偶然が重なり、いまでは互いに親友

ショートショート 31 ちいさなさかさま

「そこ、停めていいから」  松本が指差したのは車庫の真ん前だった。さすがに悪いよと断ったが、彼は「大丈夫、ほら」と気にせずシャッターを開ける。そこには蔦が絡まった軽トラックあった。 「うちの、こないだ施設に入ったじいちゃんの車。まぁボケてから七年かな? 運転してないどころか車庫からも出してない。シャッター開けたのも2年ぶりかも」  松本が笑う。歯茎が見えるくらいに笑って、でも破裂するみたいなのは一発目だけで、すぐにひきわらいになる。松本のじいちゃんもこんなふうに笑っとん

ショートショート 30 TRUE CONVENIENCE

 これは、ぼくが中学生の頃のお語です。  ぼくはいじめを受けていました。と言っても、そんなにつらいというほどの印象はありませんでした。つまるところ学校に行きたくないと思うほどではなかったのです。きっかけはなんだったでしょうか。ぼくが勉強ができるのが気に食わないとか、好きな子に告白したけれど振られたのがウワサになったとか、勉強のわりに運動ができなくて、マラソン大会で太っているクラスメイトとビリ争いをしたことか。  そのどれもが複合的にからまりあって、いじめ、というかいじりに発展

ショートショート 29 図書館のお姉さん

 無意識にあげたかかとをゆっくりとおろす。机の上にある用紙は、もう隅々まで何度も読んだというのに、まだ時間がこない。  たった一枚のカードを作るためだけにどんだけ時間かかってんだよ、という言葉は頭の中に置いておく。  もしかしたらめちゃくちゃすごいカードなのかもしれない、あのお父さんが一度だけ見せてくれたエジプトの剣士みたいな男が横を向いている、カードというにはずしりと重い銀色のやつみたいなのかもしれない。  なんとなく、ほんとうになんとなく、未来さんを見やる。未来さん

ショートショート 28 僕の考えた最強の目の上のたんこぶ

※文芸創作研究チーム『文芸みぃはぁ』にて行った『僕の考えた最強の〇〇』という企画で書いた作品です。 「殺し屋をしていて一番驚いたことは?」 「それは......話せば長くなるけどいいかいあんちゃん......」  インタビュアーは了解の意をペンを持つ手を手帳に近づけることで告げる。  タバコの煙をゆっくりと吐く。それが消えるのを見ていると、過去の色々なことがふわりと浮かんでは消えていく。  これじゃない。これでもない。これか......? あぁいやこれはちがう。これ

ショートショート27 目が光る犬

「今と違ってとっても小さくてかわいいね」  彼はそう言って私の大きくなったお腹をさする。 「そりゃ、小学生の頃ですもの。それにこのお腹の膨らみは太ったわけじゃありませんからね」  私はそう言ったあと、アルバムから彼に視線を移して微笑む。彼の瞳に映る私の微笑みは、幸せというタイトルが付きそうな絵画みたいだった。そしてそれはつまり、それが見えるほど彼が目を見開いて真正面から私を見ているということだ。  うれしくってたまらなかった。この人との未来には薔薇色の道しかないような

ショートショート 26 グラフィックデザイナーvs通訳者

 夕方と夜の境目くらいに、仕事を始めるというのはなかなかにこたえるものがある。  といっても家でする作業なので移動するさいに仕事や学校を終えた人たちと出くわして憂鬱になるということがないぶんマシなのだが。  実際に比較する機会にめぐまれるわけではないので、彼女は実感することはできない。  パソコンを開いてパスワードを入力する。起動すると、どこの国かもわからぬ絶景が彼女を出迎える。それに綺麗と思ったのは初めてパソコンを触った小学生の数ヶ月だけで、あってもなくても変わらない

ショートショート 25 ボクノナツヤスミ

 僕は夏休みに閉じ込められている。  正しくは夏休み前日、明日から夏休みですと先生が言って、C班が馬鹿みたいに喜ぶくだりから。バカみたいは一周目から思ってた。  一周目は本当に夏休みに閉じ込められてるなんて思ってもいなくて、無難に仲の良いA班と過ごした。  朝はラジオ体操の流れるスピーカーのザザって音で起きて、「みなさんおはようございます。朝のラジオ体操の時間です」というアナウンスの間に、ラジオ体操会場まで自転車で走る。  このためにすぐに出られる格好で寝ていないといけ

ショートショート24 アンビバレント・アニマルズ

 目を覚まして体を起こすと、ひざ元に動物がいることに気づいた。  視線で追うとそれ、と目が合う。  猫か、犬か。手を伸ばす。するとそれ、も目を開いた。  黒目の横が薄緑、白、と続いているところは猫にも見える。しかし手を舐めてきたり頬をすり寄せてきたり、手を引いたのに合わせて、ひざ元からお腹の上まで移動してきたり、甘えてくるところは犬っぽい。  起き上がると、お腹の上にいたそれ、は立ち上がってから、顔を舐めてきた。  舐められて分かったが、それ、の舌はざらついている。

ショートショート 23 プロベースボールプレイヤー、来校

職業×場所×性格の縛りを設けて書いた作品です!  拍手の音がかたまりから、ほどけてパラパラになっていく。そこから会場の期待が一身に壇上にいる人間に向けられる。 「普段の授業では聞くことのない、真の拍手、とでも言いましょうか。ともかくこの大学では未だかつて、創学当時からでも数えるほどしかないほどの会場が揺れる拍手でしたね」  しかし話し始めたのは司会の男だった。大学の名物教授。年中シルクハットをかぶり、礼服姿でつけ髭までつけて、ザ・執事を演出している彼。彼自身もテレビや雑誌に

ショートショート 22 天井天下唯我浴室

 意識して心臓の鼓動を感じることなんて、運動会で全力ダッシュしたあとぶりだ。  でも、そんなに激しいものではなくて、あぁ、私の心臓が脈打っているんだなって感じる程度だけど。  顔に水滴が当たる。すでに濡れているというのに拭ってしまうのはなぜだろう。腕を水面から出し、手のひらで頬をさする。鏡に映る自分をなんとなく見て、泣いているみたいだなって思う。自分だから泣いているわけじゃないってわかるけど、誰かに見られたら、多分泣いているように見えるだろうな。  なんて考えて、そもそ