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ショートショート 33 人間失業

『名作を一文字変えて書く』
という企画で書いた作品です。

 仕事を失業した、そう話したときの人の反応は大抵喜怒哀楽に別れる。あんな仕事辞めてよかったよ! なんで辞めたんだ! それはつらかったですね。ほっとしました。
 俺もそのどれかだろうなと思った。あとは呆れられるか、無視されるかくらいだろう。
 だからまさかハロワで職員から「まだ人間は失業してらっしゃらないですよね?」と言われて、心底驚いた。え? って声に出た。割と大きな声で出た。
「聞き間違いでしたらすみません。人間を失業?」
「ええ、人間失業です」
 俺が呆れてしまった。飛んだハズレの職員にあたってしまったものだ。今どきそんな根性論は流行らない。俺だって嫌いだ。諦めなければ叶うみたいに、まだ人間やめてないから働けるなんてそんなバカみたいな話があるか。
 俺がそう言うより早く職員は慣れたように続ける。「あの言っておきますが、根性論とかそういう話ではないんですよ」少しバカにしたような物言いが癪に障る。お前が間違うような言い方をしているのが悪いだろう。なんだかこっちが要領をえないとでも思っているような態度だ。本当に腹が立つ。とはいえここで声を荒げても就職が遠ざかるだけだ。
「なるほど」と返す。まったくもって何も分かってはいないが、そう言わないとこれ以上話が進まない。
「失業保険の申請に来られたんだと思うんですが、今のままだともらえないんですよね」
「はぁ?」
「あ、勘違いしないでくださいね。わたしがあげないと言っているわけではないんですよ。最近厳しくなりましてね。ちょっと働いて辞めただけでもらおうとする人が多発してまして。あ、これはあなたがそうだと言っているわけではありませんよ。ニュースとか見てません? これ以上、失業したことにして国のお金を不正にもらおうとすると、消費税30パーとかになるかもって話」
 そのニュースは知っていた。だが私の失業はれっきとしたものだ。二店舗あるうちの一つが潰れて、人がこっちに来るから、多い人件費を削るために解雇になった。これのどこが不正なんだ。不正なのはあっちだろう。
 だがそのまま言ったところで意味がないのはわかっている。溜飲を意図的に下げ、丁寧に状況を説明する。しかしその努力をあざわらうかのように
「でもそれやめたくないですって懇願しました?」
と言った。
「するわけないでしょう、みっともない」
「それです! そのみっともないという心が人間味なのです。その人間味を捨ててまで働きたくないという思いがある時点で、それはあなた側の怠惰なのです」
 もちろん私がそう思っているわけではありませんよ。そういったガイドラインがと淡々と続ける職員。こいつは本当に人間なのだろうかとゾッとする。殴れば中から機械があらわになるのではないか。
 だがそんなことはしない。それをするならそれこそ前の職場で人間を捨ててまで懇願していたほうがマシだ。
「あなた以外にクビになっていない人はいますか?」
「はい、条件は同じです」
「つまりそれはあなたが能力として劣っていたからクビになったのではありませんか?」
「あなたは普段からちゃんと仕事をしていましたか? たまにサボったりしている瞬間など一秒もなかったんですか?」「仕事以外のことを考えている時があったのではないですか?」「コミニケーションをもっととろうと努力しましたか? 休日に何か誘ったりすることによって相手の人間性を理解し、自分の人間性を理解してもらうことに努めましたか?」
 質問を超えて詰問になってくる。はじめは何を言っているんだ? と思っていたが段々と自信がなくなってきた。頭も痛い。確かに俺は人間性を消して、社会を回す歯車になりきれていないような気がしてきた。
 俺はそこでこれが何かに似ていることに気がついた。そしてそれはすぐに思い当たる。上司から怒られるときだ。人間性を否定し、なぜ会社のために尽くさないかと言うくせして、人としてと最後には言いやがるあのクソ上司。思い出すと腹が立ってきた。あんなやつ人間じゃない。俺は人間だ。
 俺をあいつのように責め立てるこいつも人間じゃない。なんだか後ろから黒い羽が生えているように見えてきた。しかも山羊みたいな憎たらしく曲がった角も、貼り付けたような笑顔を剥がせば本当の正体があらわになるはずだ。
 悪魔(職員)と俺をさえぎる机に乗り、悪魔の顔を捕まえる。しかしなかなか取れない。すると悪魔は拍手した。人を呼んだかと思ったが違った。
「素晴らしい! あなたは今人間を辞めることができましたね! では失業保険の申請を受理します!」
 驚いて机の上で固まってしまった俺を悪魔(職員)はひょいと赤子にたかいたかいをするように持ち上げ、椅子に座らせた。
「この部屋のカメラも確認しましたが、ばっちり撮れてます。きっと数日後には失業保険も降りるはずです!」良かったですね! とまるで自分のことのように喜ぶ職員。
 良かった。とりあえずこれで生活はできる。そう思うと俺はほっとした。先ほどまで憎らしかった職員が天使のように思える。見た目は相変わらず悪魔の様相だが。
「ではこのまま再就職先をお探ししますか。ちょっと遠くてちょっと大変な仕事なんですけど、お金はその分高いです!」
 職員が出してきたのはマグロ漁船や、原子発電所の原子炉掃除、人殺しの犯人として10年投獄されるなどだった。
 やはりこいつは悪魔だ。

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