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ショートショート 28 僕の考えた最強の目の上のたんこぶ

※文芸創作研究チーム『文芸みぃはぁ』にて行った『僕の考えた最強の〇〇』という企画で書いた作品です。

「殺し屋をしていて一番驚いたことは?」

「それは......話せば長くなるけどいいかいあんちゃん......」

 インタビュアーは了解の意をペンを持つ手を手帳に近づけることで告げる。

 タバコの煙をゆっくりと吐く。それが消えるのを見ていると、過去の色々なことがふわりと浮かんでは消えていく。

 これじゃない。これでもない。これか......? あぁいやこれはちがう。これは先月の妻との喧嘩のきっかけだ。......あった、これだ。

 何度か煙を吸っては吐くを繰り返す。それはつまり何度も煙が現れて消えるのを繰り返すのも同義だ。

 それに過去を一つ一つ思い浮かべながら、ようやっとインタビュアーが求める記憶を探り当てたのは一本のタバコを吸い終える直前だった。

 ただ思い出し待ちだっただけなのに、インタビュアーは徐々に期待を高めているようで前のめりになった肩が頭より上にきている。

「それじゃ長い話も聞けんよ。あんちゃん」

 苦笑すると、相手は申し訳なさそうに頭を数回細かく下げる。それではついに語るのですね? と言わんばかりにペン先を舐めてから手帳に押し付けた。

 あれはまだ殺し屋として名を上げ始めた頃だった。とある仕事で偶然一緒に仕事をすることになったヤクザが色々な仕事を回してくれ、半ば専属に近い形になっていた。

 殺し屋というのはお金をよりくれる方につくというのがルールだと思っていたが、実際に初めて見るとヤクザとあまり変わらない。意外にも仁義があるもので、誰それの頼みならといった具合で受けていた。

 そのせいか、ヤクザの親分から何度も組入りをお願いされていた。

「だからおやっさんに伝えてくれって言ってるだろうが。俺は本人からしか依頼を受けない。どんなにお偉いさんだってよ、人を使ってお願い事しちゃダメだよって」

 何度も話をしに来たヤクザの下っ端にそう言って返した。けれど、それは結局土産の菓子入りが豪華になったり、美人やお金といった条件が跳ね上がっていくだけで、ついぞ叶うことはなかった。

 あるとき、おやっさんの敵である別の組から依頼が来た。そいつも下っ端を使っての依頼だった。

 まがいなりにも共に仕事をし、回してくれ、名を広めることに何役も買ってくれたおやっさんへの忠義もあったので断った。ついでにこんなに忠義を感じているのにまだ顔すら見れていないことに苛立ってもいたから、来た下っ端を死体にして、どてっ腹にナイフで「話があるなら依頼主が直接来い」と書いてよこした。

 驚いたのは本当に上のもんがきたことだ。どれだけ好きでも振り向いてくれない。そんな中にくる別のものからのお誘い。そりゃ片思いは終わりになるのも仕方ない。おやっさんは臆病すぎたのさ。

 とはいえ別に最初はおやっさんの組のものを殺すような直接的な仕事はなかった。どちらかと言うとおやっさんとは違う外の国のもんとの戦いが多かった。

 その中ではいろんなやつと戦った。カラーコンを武器にしたやつ。頭がおかしくなるガスを使うやつ。ナイスバディなのに野郎だったやつ。どいつもこいつも面白いやつだった。

 んでようやっとおやっさんに牙を向けることになったわけ。例えるなら振り向いてくれないからってナイフを差し向けたようなものだな。

 流石に私も死ぬ!とヒステリックになったりはしなかったが。

 ちなみにおやっさんに牙を向けるというのはそこまでおかしな表現じゃない。実際におやっさんと直接対決したのさ。

 おやっさんは強かった。剣の腕も、銃の扱いもプロそのもの。組なんか作らず一人で殺し屋やってればいいんじゃないかって思うくらいだ。どうにか剣と銃を押さえ込んだが、腕っぷしも凄まじかった。

 手足が伸びたかと錯覚するほどの間合いのつめ方や、振り翳す拳、蹴り上げる足、一挙手一投足に無駄がなかった。強者は圧倒的に下な相手に対して、手を抜くものだが、おやっさんは最初から全力だったよ。よく今も生きてるなって、思い出すだけで手足が震えるぜ。

 それでも年には敵わない。体力の消耗を待って、ようやく腕も落としたが、おやっさんの真骨頂はそこからだった。

 そこで一息ついて、インタビュアーに向けて自分の額を指し示す。

 インタビュアーの視線は一瞬、目の上のたんこぶにいったがすぐに気がついたように

「知力、ですか?」

 ニヤリ、と笑って返す。

「残念だが不正解だ。なんならお前が一瞬目にして
まさかなと思ったそれが正解だよ」

 そう、おやっさんはもう一つ最後の武器を隠し持ってやがった。やっぱりおやっさんは臆病だったんだよな。最初から最強の技を出してりゃ、太刀打ちできなかったのによ。

 それはつまり全力じゃなかったということかもしれないが、いったんそれは置いとく。本人しかわからないし、死人に口無しだからな。

 おやっさんのコブにナイフを突き立てた。

 使ったのはこっちが持っていてトドメを刺そうと用意してたモノ。ダメだよな俺も。最後は銃なんかより自分の腕で仕留めたくなってしまうもんなのよ。それも最後のお願いだと言われたらコブにナイフだって突き立ててしまうさ。

 そこから黒い球がいくつか出てきた。おやっさんは息も絶え絶えに説明してくれたよ。聞き取れないから聞き返すんだが、その説明のさなかにも球は動きを止めない。

 やがてバルーンアートの犬みたいなものが出来上がったと思ったら急に襲いかかってきやがった。けど体にまとわりつくだけで噛んだり襲ってはこねぇ。

 なんだこれと思いながら話を聞いてたんだが、これが全然聞き取れねぇの。なんとか最後の言葉、辞世の句くらいは聞いてやろうとしたんだが、その間にも出来上がったバルーンアートが何個も体にまとわりついてくるわけ。

 そのうちおやっさんは事切れて、そのおやっさんの死体にもバルーンアートはまとわりつきやがった。気づいたときには体の半分以上がその黒い球でできたバルーンアートみてぇなやつにうめつくされて、身動きが取れなくなった。そして飲み込まれて、俺は圧死した。

 あの黒い球は攻撃も何もしない。増え続けて形をなして部屋を埋め尽くして圧死させるだけの存在だったんだ。

「死んだ? ではここにいるあなたはいったい」

「さて、なんだろうな」

「それにバルーンアートみたいなものっていうのもよくわかりませんね。もしかしてからかってますか?」

 からかうなら時間がないんでもうインタビューはここまでにして帰りますね、と腕時計を見やりながら立ち上がるインタビュアー。

「まぁまちなあんちゃん。何も見たこともないものを信じろって言うんじゃあない」

 俺はナイフを目の上のたんこぶに突き刺した。

 遠のいていく意識の中、血は赤ではなく黒。流体ではなく、確かに球体だということが分かった。

 部屋の広さは昔の茶室と同等。

 あとどれくらいでお前に寄生するんだろうなぁ。

 キシシ

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