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ショートショート35 おじいちゃんは町の変わり者

 僕のおじいちゃんは町の変わり者と呼ばれている。でも、僕はおじいちゃんのことが嫌いじゃなかった。おじいちゃんの家は町のハズレにある洋館で、僕はそこでおじいちゃんと二人で暮らしている。両親が海外赴任の間預かってもらっていた。
 初めは数ヶ月と言っていたのが、季節が変わる頃になり、次には年が変わるころになり、今では僕が大人になった頃に戻ってくることになっている。
 僕は別に嫌じゃなかった。今の時代、別にネットさえあればいつだって顔を見られるし、声も聴ける。小さい頃は本当は両親は死んでしまっているのかと思ったけど、三年に一度、オリンピックの周期よりは早く一時帰国して会えている。
 一つ嫌なのは、両親が帰国してきたとき、絶対におじいちゃんには会おうとしないことだ。僕は会わせたいんだけど、おじいちゃんは両親が帰省中は決まって体調を崩す。それに両親も何も言わないで、とりあえずのお土産だけ僕に渡すようにお願いするだけ。おじいちゃんはもらったお土産を全部僕にくれるものだから、僕の部屋はおじいちゃんに上げる予定だったお土産や、お土産のお菓子の空箱ばかりが増えていく。
 おじいちゃんは偉大な発明家だ。僕がそう思うようになったのは、両親が海外に経って数ヶ月後のこと。町の変わり者と呼ばれているおじいちゃんの家に僕が住むようになった噂はすぐに学校中の誰もが知るものになった。早い話が、それでいじめられるようになった。
 僕はやり返す勇気も力もなくて、毎日怪我だらけで帰ってきた。家に帰ってもおじいちゃんはいつも研究部屋(その頃は自称だろ、と思っていた)にこもりっきりで、ほとんど会うことはないから、実質一人で住んでいるようなものだった。
 おじいちゃんの家は昔の洋館のつくりをしていて、一つ一つがやけに遠い。なぜか水回り、トイレと風呂が洋館の端と端についている。おじいちゃんの研究部屋はトイレの近くにあって、僕の部屋は風呂の近くにある。
 そんなふうだから、どちらかがどちらかの用があるときにすれ違ってもおかしくないが、全くすれ違わない。でも、いじめてくる子たちにはそれを伝えても意味がない。同じ屋根の下で過ごしているというだけで、仲間扱いだ。
 ある日、僕がトイレに行こうとしているとき、研究所のドアが開いた。きぃ、と誰も入ることを許さないような雰囲気があるドアにしては軽い音がして、そこを向くと、もうだいぶひげを剃っていないおじいちゃんが出てきた。髪や髭こそ白いが、その体は痩せ細ってはいない。それでも研究者とボディビルダーのどちらが近いかと言えば後者だけど、研究者にしてはきちんと筋トレをしているのがわかるほどの体だった。
 おじいちゃんと僕はしばらく無言で見合った。目線からお互いに全身を舐め回すようにみているのがわかる。僕は異臭に鼻を押さえた。おじいちゃんとすれ違わないわけだ。おじいちゃんはほとんど風呂に入っていないんだろう。僕が学校に行っている間にでも入っているものだと思っていたけど、そういえばいつもお風呂を溜めていたのは僕だし、僕が入る前はどこにも水の気配がない、つまりは乾いていた。
「おぉ、ケン君か」
 おじいちゃんはようやく僕の正体にきづいた。かと思えば一歩二歩と近づいてきて、腕をとる。その異臭に鼻が曲がりそうだったけど、おじいちゃんが僕の手をとる力は強く、振り解けない。おじいちゃんのもう一つの手が優しく僕の腕の傷をなでる。
「いたっ」
「この怪我は誰にやられた?」
「別に、転んだだけ」
「体の傷は全部転んだせいか?」
「うん」
「そうか」
 おじいちゃんはそう言うと、僕を研究室内に引き摺り込んだ。研究所内は意外にもきれいに整えられていて、壁の何に使うのかもわからない機械たちがなければ研究所とは呼べそうにない。相反してつ机の周りだけは散らかっている。そこからはおじいちゃんと同じ匂いもした。
 おじいちゃんはその机の上もこれも違うあれも違うと言っていじくっていた。僕が壁の機械に触れようとしたその瞬間、おじいちゃんは「あった!」と声を上げた。
「これを学生服のどこでもいいからつけておきなさい。そして明日、帰ってきたらここにきて返してくれるといい」
「は?」
 そう言って手に握り込ませられたのはボタンだった。見た目は学生服の首元につける校章そのもの。おじいちゃんはそれだけ言うと、また研究に戻って行った。
 僕はそれを実行した。いつも通り、通学して、いじめられて、帰ってきて、おじいちゃんにボタンを渡した。そしたらおじいちゃんは微笑んで「翌日を楽しみにしてるといい」と言ってきた。
 翌日、僕は先生に呼び出された。それも、通学してすぐ。職員室のさらに奥にある部屋に連れて行かれ、そこには多くの大人たちがいた。女性が多いなとなんとなく思っていて、その多くがうつむいていた。そのうちの一人の女性に見覚えがあるなと思っていたら、クラスの女子によく似ていた。僕の胸がドクンとする。体が震える。それを気にしてくれた先生が両肩を支えるように持ってくれ「大丈夫だ」と言ってくれた。
 高級なソファに座らされ、先生も向かいに座る。女性たちはまるで授業参観みたいに、部屋の隅にならんで立っている。ソファの高級感も相まって、なんだか接待でもされているみたいだなと思った。
「今から見てもらうビデオはすごいショックなものだと思うけど、確認して欲しい」
 先生と僕の間にあるガラスの机の上にノートパソコンが置かれる。画面には景色が揺れたまま固まっている動画が再生を今か今かと待ち構えている。再生ボタンがクリックされると、聞き慣れた声と顔が出てきた。全身がドクンと脈打つ。これは僕が昨日いじめられているのを写した動画だと頭より体が先に気づいたらしく、吐き気を催した。でも、頭がこれは今起こっているものではないと認識し出して、なんとか実際に吐かずにはすむ。
「反応を見る限り、君ので間違いないね」
「……はい」
 僕がそういうと女性の多くが泣き始めた。水の入った袋に針をさしたら開いた穴から一気に水が噴き出すみたいだった。
 それから僕がいじめられることはなくなった。
 いじめを救ってくれたおじいちゃんのことが僕は大好きになった。その代わりに町の変わり者と呼ばれていたおじいちゃんはいじめの主犯格の親によって、町の嫌われ者ということにされたのだけど、それもまったく気にしないでいるおじいちゃんがかっこよかった。
「どうしたらおじいちゃんみたいになれる?」
「そうだなぁ、わしみたいにならないほうがいいとは思うが、わしよりマシなわしになりたいなら、勉強と筋トレ、とあと」
 人付き合いを大事にすることだな。と照れた顔で言った。
 その日から両親の一時帰国にはちゃんと顔を出すようになったし、それと同時に僕の部屋のおじいちゃんへのお土産は増えることはなくなった。

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