【書評】コンラッド『闇の奥』⑧
ロッシーです。
前回の続きです。
支配人、クルツ、マーロウ
野生の女が密林に去った後、船室からクルツの声が聴こえてきます。どうやら支配人とクルツが何やら言い合いをしているようです。
「私を救い出すだと!私ではなく象牙をだろう。よしてくれ。私を救い出す!私のほうがお前たちを救ってきたんだ。お前は私の計画の邪魔をしている。」
クルツは、支配人が自分を見殺しにしようとしていたことに気が付いていたのでしょう。クルツの計画が一体何を意味するのかは不明ですが、支配人に「邪魔するな!」と真っ向から言いのけます。会社の中であればボスと部下なのでしょうけれども、もはやクルツはその枠に収まるような存在ではありません。
支配人は、クルツがいる船室から出てくると、マーロウに「われわれは彼のためにできることをした。」と言います。むしろその逆なのですが、いけしゃあしゃあというところはさすがです。
支配人は続けます。「なぜこんなことになったかわかるかね。方法が不健全だからだ。」と言って、マーロウにも同意を求めます。
つまり、クルツが大量の象牙を集めた成果は認めるけれども、そのやり方が良くないということです。優秀な部下に自分のポストを奪われるかもしれないと怯える上司が、「あいつは成績は良いが、プロセスがよくない。あれでは周囲を敵に回してしまうよ。」などと言ってダメ出しするのと同じようなものです。
マーロウは「這いつくばる」ことが嫌いですから、迎合しません。「でもそれはそれとして、クルツはすごい人物だと思いますよ」と言って空気を読んだ発言をしません。おかげで支配人からは背を向けられクルツ支持派とみなされます。
このあたりのやりとりは、なんだか『半沢直樹』を彷彿とさせますね。
ロシア人青年とマーロウ
その後、ロシア人青年が、マーロウにクルツの秘密について明かそうとしますが、青年はためらいます。
するとマーロウは
「俺はクルツ氏の同類なんだから・・・ある意味ではな。」
と言います。
マーロウはこうも言っています。
「本当のところ、俺が心を向けた先はクルツじゃなく、魔境だった。」
つまり、青年のようにクルツ自身に崇拝するのではなく、マーロウはクルツの力の源になっている魔境そのものに興味をもっているのです。その意味では、クルツと同類なのだ、ということなのかもしれません。
それまでのマーロウは、襲撃の後、クルツにもう会えなくなることに失望するなど、いわばクルツを「下から見上げる」ような位置関係にありました。しかし、この段階では、「クルツは自分と同類」と言っていることからも分かるように、同じ立ち位置になっていることが読み取れます。
マーロウは、クルツ自体への関心を持ちつつも、その力の源になっているのは魔境そのものであることに気が付いたのでしょう。クルツはあくまでも魔境に囚われた(=利用されている)存在であり、その背後にはもっと強力な力が存在しているわけです。
例えて言うなら、社長が一番会社で偉いと思っていたけれども、実は株主のほうがもっとパワーを持っている、という資本主義の構造に気が付いたようなものかもしれません。
さて、マーロウは、「支配人は君とクルツを縛り首にすべきだと思っているよ」と青年に伝え、不安な表情をするのを面白がります。縛り首にするという話をを支配人がマーロウに伝えた描写はありませんし、そもそもこの青年は社員でもなんでもありませんから、縛り首にする必要もありません。マーロウは青年に嘘を言っているようです。
そしてマーロウは「君は逃げたほうがいいだろうな」と言います。なぜマーロウは嘘を言ってまで、青年を追い出そうとしたのでしょうか。
おそらく、「このままでは、この青年は闇の力に取り込まれてしまう。」とマーロウは危惧したため、青年の身を守ろうとしたのだと思います。
純粋な青年は、マーロウの言うとおり逃げるのですが、その前に秘密を伝えます。それによれば、蒸気船への原住民による攻撃は、クルツが命じたことだったというのです。なぜなら、クルツは自分が連れ戻されたくなかったからです。
クルツの名誉を気にする青年にマーロウは「充分に気をつける」と約束をします。そして青年は夜の闇の中に消えます。
クルツ逃げる
マーロウが船の手すりに寄り掛かったままウトウトしていると、突然はじけた叫び声にはっと眼を醒まします。マーロウがクルツのいる船室を覗くとクルツはいません。
マーロウは、頭の中が真っ白になる恐怖、純粋に抽象的な恐怖に囚われます。なぜ、クルツがいないことで、マーロウがそこまでの恐怖を抱いたのかはよく分かりません。
マーロウは誰にも知らせず、自分だけでクルツを追いかけるため岸に飛び移ります。そしてマーロウはクルツを見つけます。
「長い、青白い、おぼろなものが、不安定な動きで身を起こしてきた。」
とクルツが立ち上がる様子を描写しています。もはや完全に霊魂的存在になってしまっているかのようです。
ここからクルツとマーロウのやりとりが始まりますが、正直何を言っているのかよくわかりません。
クルツ:「向こうへ行け 隠れるんだ。」
マーロウ:「自分が何をしているかわかってるんですか。」
クルツ:「完全に」
マーロウ:「このままじゃお終いです・・・本当に」
クルツ:「私には壮大な計画があった」
マーロウ:「ええ。でも、大声を出そうとしたら、頭をぶち割って・・・いや、首を絞めて殺しますよ。」
クルツ:「私は偉業を成し遂げる一歩手前まで来ていたんだ」「なのに、あのろくでなしの馬鹿が」
マーロウ:「何にせよ、あなたのヨーロッパ本社での出世は間違いなしですよ」
この会話のあと、二人は船に戻っています。なんだかよくわかりませんが、作者は意図的に分からないように書いているのでしょう。
マーロウが最後に「本社で出世間違いないですよ!」と言いますが、このセリフもなんだか唐突です。それでクルツが「そうか分かった。じゃあ戻るわ。」となったとは思えません。出世のためであれば、さっさと奥地から戻って来たはずです。しかし、実際には真逆の行動を取っています。
結局、そのあたりは不明確なまま、二人が船に戻ったことになっており、詳細な描写はありません。
要するに、ここでの二人のやり取りは、言葉どおりにとってもあまり意味がないのでしょう。マーロウとクルツは、何か魂のレベルで対話か対決か何かをして、結果としてマーロウはそれに勝ったと考えたほうがよいのだと思います。
ここで、また場面はテムズ河の船上に戻ります。
マーロウは船上の仲間達に言います。
「俺はさっきから彼とのやり取りを君らに伝えている。言葉をそのまま再現してね。だが、そんなことに何の意味がある?どれも日常の通常の言葉、毎日聴き慣れている曖昧な音の集まりだ。」
マーロウもクルツも言葉を交わしてはいますが、魂の格闘においてはそんなものに意味はないのでしょう。
「魂!一つの魂と格闘したことのある人間がいるとすれば、それは俺だ。」
「彼の魂は自分自身を覗き込んで、何ともはや!狂ったしまったんだ。そして俺も・・・何の因果か・・・彼の魂を覗き込む試練をくぐり抜けることになった。」
自分の魂を覗き込み狂ってしまったクルツ。そして、クルツの魂を覗き込みながらも狂うことから「自制」できたマーロウ。そこに両者の違いがあるのではないでしょうか。
今回はここまでで終わります。
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