【書評】コンラッド『闇の奥』④
ロッシーです。
前回の続きです。
コンゴへ出発
フランスの気船で出発したマーロウは、途中でいくつもの港に立ち寄りながら、航路をコンゴへとすすめます。
途中、フランスの軍艦が何もない対岸の森に向けて、艦砲射撃をする描写があります。砲撃してもぽっと小さな炎がでるくらいで何も起きません。球の無駄遣いですから、効率的観点からいえば意味のない行動です。
「その一連の過程にはどこか愚かしい、憐れを催す冗談のような感じがあった。」とマーロウは言います。
そんなこんなで、マーロウが言うところの「悪夢の兆しに気が重くなる巡礼の旅」も30日以上たち、ようやく船はコンゴ河の河口の町に到着します。
今度は小型の遠洋航海用汽船に乗り換えて、50キロほど上流の地点に向かい、マーロウが就職した会社の出張所に到着します。
そこでは、壊れたトロッコ、朽ちかけた機会の断片、錆びたレールの山などが放置されていたり、崖に無意味な発破をかけたりしています。鉄道を敷こうとしているのでしょうが、先のフランス軍艦と同様に、この地でも効率的に作業が行われていないことが見て取れます。
偉大な英国であれば「効率を追求する懸命の努力」をするはずなのです。しかし、フランス軍艦の連中といい、この出張所で作業している連中(英国人ではない)といい、効率性とはほど遠い状態です。
つまり、英国=良い、他の国=ダメ とマーロウは考えています。ブリュッセルでの採用手続きの際、待合室で、アフリカの地図を見たマーロウが、
「広々とした赤い部分はいつ見てもいいものだ。実のある事業が営まれているからね。」と言っている描写でも明らかです。
マーロウは英国人であることのプライドが強かったのでしょう。ただ、ブリュッセルで老医師には「典型的なイギリス人ではない」と言っています。
作者のコンラッド自身はポーランド生まれで、英語が母国語ではありません。しかし、生粋の英国人ではないからこそ、英国人であることの誇りは人一倍強かったのかもしれません。そのような作者の思いは、この小説において、マーロウに投影されているように思います。
木立の中の地獄
その後、マーロウは奴隷労働をさせられている黒人達を見ます。
「この黒人達は、どう想像を逞しくしても敵とは呼べないだろう。」
そのようにマーロウは思います。その黒人達をライフルを持って監視している「教化された」黒人もいます。同じ民族で格差をつけて分割統治をすることは、植民地政策の常とう手段です。
マーロウは、丘に登って出張所に行く前に、斜面を降りて木立の中に入ります。
斜面を下る=地獄下り を意味しているのでしょう。
「まるで地球がすさまじい速度で宇宙の中を飛ぶ音が、不意に聴こえ始めたかのようだった」
と、突然違う世界に入り込んだことを示しています。
そして、マーロウは地獄のような光景に出くわします。木立の薄闇の中には、奴隷労働のあげく使い捨てにされ、あとは死を待つだけの黒人達がいたのです。みな虚ろな眼をしていて、見るに堪えないおぞましい姿をしています。マーロウはこの地獄絵図のような恐ろしさに立ちすくみます。
「もう木陰の散策なんてやりたくない」
マーロウは急いで出張所に向かいます。
主任会計士に会う
出張所でマーロウが出会ったのは、優雅でピカピカの身なりをした会社の主任会計士です。実に見事な身だしなみをしています。『鬼滅の刃』でいうところの「鬼舞辻無惨」みたいな感じでしょうか。だいたいのところ、悪魔はこういう白い綺麗な格好が好きみたいですね。
マーロウも「この会計士を大したものだと思った」と感心しています。こんな土地で体裁を保ち、仕事をしっかりとしているのです。普通では考えられません。しかも、自分のことだけでなく、現地の女を仕込んで教育もしています。働くのが嫌いな女を、きちんと働くことができる存在にしあげたわけです。
「この男は何事かを立派に成し遂げていたわけだ。そして会計士の職務に全身全霊を捧げていた。帳簿は完璧だったんだ。」
このような精神および態度は、資本主義社会において最も求められるものでしょう。
しかし、会計士は病人に対して思いやりを示すこともないし、「まったくあの蛮人どもには腹が立つ。死ぬほど憎らしくなりますよ。」と、自分の仕事を邪魔する存在に対しては非常に冷酷です。過度な効率性重視は、人間性を奪うのかもしれません。
会計士は、「きっとあなたは奥地でクルツ氏に会うのでしょうね」と言います。マーロウは、ここで初めてクルツの存在を知ることになります。
ちなみに、この小説においては、マーロウとクルツしか名前をもった登場人物は出てきません。それ以外は、船長、会計士、支配人、婚約者などのように一般名称になっています。
クルツは、営業成績がダントツの超優秀な社員で、ほかの出張所を全部合わせたよりも多くの象牙を送ってくるとのこと。「今に彼は経営陣に加わりますよ」と会計士もべた褒めするくらいですから、マーロウも並々ならぬ関心を抱き始めます。
300キロ歩く
出張所での10日間ほどの待機が終わり、マーロウ達は60人の隊商と一緒にさらに内陸部に向かうため、300Kmほどの行程を歩き始めます(河が航行不可能なため)。300Kmというのは、東京から名古屋の手前くらいまでの距離です。
途中、隊商にいた体重100Kgの白人の男がへたばったり、その男が隊商の先住民達に殴られたりするトラブルもありました。
デブ=自己管理できていない=効率性が悪い ということで、ひどい目に合ったのかもしれません。白人であっても、効率が悪い奴はダメということなのでしょうか。
そんなこんなで15日目に中央出張所にたどり着きます。灼熱の中、一日平均20Kmのペースで歩いたことになります。
中央出張所に着く
中央出張所についたマーロウは、
「敷地をひと目見ただけで、だらしないやつが取り仕切っているのが分かった。」
と言います。ここでも効率的な事業がなされていないことが見て取れます。
そして、マーロウは、自分が船長として操縦するはずの蒸気船が河に沈んだと、社員と思われる男に言われびっくり仰天します。
船長として就職したのに船が沈んだなんて冗談ではありません。しかし、その男は「みんなよくやったよ!よくやった!」と言います。わけが分かりません。
ただ、この沈没を意図的にやったのだとすれば、確かに「よくやった」ことになるのでしょう。マーロウも後から振り返るとそのあたりは不自然だと考えていることが描写されています。
仕事がなくなってしまったマーロウですが、そこであきらめません。仕事がなければつくればいいのです。船を引き揚げて修理することを仕事にしようと考えます。彼の英国人としてのプライドは、効率を追求する懸命の努力をせずにはいられないのです。
支配人に会う
その後、マーロウは支配人と対面します。
「この中央出張所を取り仕切っているだらしないやつ」が支配人です。
この支配人の眼つきの冷たさは尋常ではありません。怪しい笑みを浮かべ、一緒にいると居心地が悪くなる人間です。
マーロウの評価によれば、とくにその支配人は人よりも優れていたわけではなく、知性も教養も持ち合わせてはいないとのこと。
しかし、円卓で自分の席だけ決めていることからも、自分が支配者だと思っていることが分かります。
マーロウは、この男が支配人になれたのは、病気をしなかったからだろうと推察しています。
「どんな丈夫な人でも大抵身体をこわす土地で健康を保っていられるのは一つの才能だよ。」
とそこだけはマーロウも評価しています。
私達の会社でもよくいますよね。何もスキルや能力もなく平凡なのにもかかわらず出世する人が。本人は大きなミスや失敗をしないけれども、周囲が勝手に仕事のミスや健康を壊すなどして脱落していった結果、本人は出世していくのです。組織において、最終的には「体力」「耐久力」がものを言うことは多々あります。
こんな地の果ての出張所でも同じようなことが起こっているわけです。資本主義社会における組織の実態について、普通のサラリーマンでも共感できる描写ではないでしょうか。
今回はここで終わります。
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