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誰にも言えないことこそ、一番の「困りごと」だったりする

人は、社会生活をしていれば、色々なことを友人や職場の人と話すと思います。
職場の場合は、上司であれば仕事上の相談など、
同僚や歳や関係が近い先輩後輩であれば、ちょっとした仕事上の愚痴、
仕事を離れた場所で起きたことなども「ねぇねぇ聞いて」と、話す人もいるかも知れません。
それこそ、体調を崩したり、近頃調子が良くない、家庭での問題など、
公私にわたる話をしたり、
場合によっては、上司には話さざるを得ないこともあると思います。
しかし、関係性、信頼関係によって、どの程度話すのか、どこまで話すのか、あえて話さないようにするかは、変わってくるのではないかと思います。
友人もしかり、どんな大親友であれ何でもかんでも包み隠さず話せる、という人は少ないのではないでしょうか。
この人には言えるけど、この人は…ということが。私にはよくあります。
それは決して相手を信用していないから、などという理由だけでなく、
様々な事情によって、言わない方が良い、と判断しているのだと思います。
これは決して悪いことだとは、私は思いません。
相手のことを想ってこその「言わない」があると思っています。

身近な人、専門職だからこそ言えないことがある

幼い頃は、なんでも親に話していたけれど、年齢を重ねるにつれて、
家族だから、親だからこそ、言えないことも出てくるのではないでしょうか。
私はそうでした。
私の家庭は、はっきりいって「過干渉」。
親がなんでも知っている、という、
「そんなことまで親が知っているの!その歳で!」と、
内容まで知られたら、驚かれてしまうような家庭かもしれません。

そんな家庭でも、私が今までで一番大きな隠し事、というよりも、
どうしても言えなかったこと。
それは、社会人になってから「心療内科への通院を再開したこと」でした。
これはのちに、自殺未遂をすることによって、
両親が知ることになりました。
始まりは、大学病院の思春期外来にまで遡ります。そこから考えると、小学6年生頃から大学に入学して数ヶ月まで(長すぎ!)は通院していたものの、だんだんと状態が落ち着いていたので、クリニックは卒業していました。

しかし、これもまた、両親に言えなかったことの一つになりますが、
私が新卒で入職し、その年の年末頃から私の指導担当いわゆるOJTが産休に入ることをきっかけに、私の業務量は、二人分以上になってしまいました。
この業務分担自体、今となっては疑問であり、当時からこれはおかしい、と思っていた先輩たちも少なくはなかったと聞いています。
しかし、その分担を決めた上司に何か言える人は誰一人としていませんでした。
おそらく、私が「 NO」を言えない人と見抜かれていたのでしょう。
そんな業務過多に加えて、コロナ、という仕事が舞い込んできて、
正常でいられるわけもなかったのです。
諸症状を自覚し、通院する、という判断ができたことが唯一の救いだったのか。でも、それら一切を両親には言えませんでした。
理由は、「心配をかけたくなかったから」。
元気に仕事をしている、と思っていてほしかったから。
そして、「またか…」と、落胆されるのが怖かったから
私はこれまで、不登校や摂食障害などで、心療内科に長く通院していました。ようやく卒業し、社会人になって、これで縁が切れたと思っていた
「心療内科」にまた行くのか、またそこを頼るのか、と落ち込み、呆れられるのが怖かったのだと思います。
だから私は、両親には言えませんでした。
両親だけでなく、誰のも言っていなかったかもしれません。
そして、のちに行き詰まった私は、
自ら命を断つ、という行動に出るわけですが、失敗に終わり、
必死に両親に隠していた「心療内科への通院」までもがバレてしまったのです。
私からしてみれば、心配をかけたくない、という一心だったのですが、
両親からしてみると、「なんでそんな大事なことを」となるのは、当然のことでした。

そして、2年前に休職するきっかけとなった出来事も、
あまりのショックの大きさに、両親に言うことができませんでした。
自分もショックのあまり、言えなかった、ということもありますが、
それに加えて、
娘が職場でそんな扱いを受けていると知ったら、悲しむだろうと思ったから。

私は、現在もちろん通院中です。
主治医の先生のことは大変信頼していて、感謝しています。
しかし、これまただからと言って何でも話せる、というわけでないのです。
ここが一番問題なのかな、と最近思っています。
もちろん、診察時間はそう長くはないので、何でも話せるわけではない、ということもあります。
しかし、一番困っていること、悩んでいること、こそ
様々な理由で、実に様々な理由があって言えないのです。
まして、相手は専門職だから、なおのこと。
(じゃあ何のために診察受けてるの、となるわけですが。)
これでは、根本的な解決方法が出てくるわけもなく、
回復しようにも限界があるよ、と自分でも思うのですが、
なかなか言えないのです。

他にも、人生において、実に様々なことがありました。
色々なことを経験してきました。(まだギリギ20代ですが。🫣)
ショックが大きことほど誰にも言えず、一人で抱え込んでしまう。
自分が情けないから?恥ずかしいから?こんなこと言える人いない?
自分でも、理由はわかりません。
そんなことの蓄積が、時に、ほんの些細なことが引き金となり、
大噴出することがあるのです。

一体全体、
どこから何を解決したら良いのやら。
どうしたら、この、いちばんの困りごとを言えるようになるのだろうか。
と、日々、悶々と悩み、
毎回の診察は過ぎてゆくのです。



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