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「ヴァン・ダ・イールー渓谷の民」武村賢親

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黒い谷に迷い込んでしまった研究者の手記をもとに綴られた物語です(設定)。 文明人である研究者と原住民の戦士との交流を書いたファンタジー作品。
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#みんな違ってみんないい

琳琅 第二号より、「ヴァン・ダ・イールー渓谷の民」武村賢親



 薪の爆ぜる音に顔を上げると、族長の白濁した瞳とぶつかった。話し合いを終えたらしい彼は私をこの集落まで引きずってきた者に何事かを命じている。どうやら私を別の住居へ移らせようとしているらしい。槍で牽制されながら集落内を移動すると、住人はたいして多くはなく、小規模の集落であることが判明した。余所者が珍しいのか、後をついてくる者もいれば、遠くから睨みつけるように視線を投げかけてくる者もいる。皆一様

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琳琅 第二号より、「ヴァン・ダ・イールー渓谷の民」武村賢親



 獲物を並べ終えると、戦士たちはその円を囲んで膝をつき、胸の前で掌を合わせて瞼を閉じた。私はヌェラの半歩後ろでその姿勢を倣い、戦士たちの仕草を観察する。皆一様に目を閉じ、何事か囁いているようだった。これら一連の流れは命を頂くことを感謝する儀式か、この貧しい土地へ祈りをささげるしきたりと思われる。

 新鮮な光景だった。考えてみれば当然である。都市の生活では、食べ物は獲るものではなく買うものだ

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琳琅 第二号より、「ヴァン・ダ・イールー渓谷の民」武村賢親



 不意に、香油よりも強烈な匂いが鼻先に触れ、沈んでいた意識が浮上した。口を塞がれたような息苦しさを覚えて目を覚ますと、それと同時に生暖かい液体が喉奥に浸入してきて激しく咽こむ。いくらか呑み込んでしまった液体は酷い生臭さで、鳩尾の辺りから立ち昇り、熱く渦を巻くようだった。

 上体を起こそうとするが、金縛りにあったかのように身動きがとれない。蝋で固めたかのように開かない瞼を無理やり持ち上げて見

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琳琅 第二号より、「ヴァン・ダ・イールー渓谷の民」武村賢親

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 日がすっかり登ってしまった頃、族長を筆頭に集落の重鎮たちが私たちの住居を訪れた。いまだ微睡から覚めないヌェラをそのままに、体中に満遍なく香油を塗り終えていた私は慌てて腰布に手を伸ばしたが、族長はそれを制止して、天井に渡した蔓に引っ掛けておいた服を指さした。私が都市から着てきた外界の衣類である。

 服を着てしまうと、族長は拾い上げた革鞄を私に手渡して外に出るよう合図をする。外には数人の戦

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