琳琅 第二号より、「ヴァン・ダ・イールー渓谷の民」武村賢親

 獲物を並べ終えると、戦士たちはその円を囲んで膝をつき、胸の前で掌を合わせて瞼を閉じた。私はヌェラの半歩後ろでその姿勢を倣い、戦士たちの仕草を観察する。皆一様に目を閉じ、何事か囁いているようだった。これら一連の流れは命を頂くことを感謝する儀式か、この貧しい土地へ祈りをささげるしきたりと思われる。

 新鮮な光景だった。考えてみれば当然である。都市の生活では、食べ物は獲るものではなく買うものだ。それも、ミーシェカに言いつけて調達させるもので、私は研究の合間に、いつの間にか運ばれている温かな料理を、無言で口に運ぶだけだった。普段、私が口にしていた野菜は何一つこの渓谷にない。家畜のウシやトリの肉もない。あるのは、余所者には見分けることが難しい沢山の種類の野草と、捕まえようとすれば当然のように逃げて行く野生動物ばかりだ。

 明日の朝食を疑わず、のうのうと生きていた私には到底生き残れないであろう環境で暮らす彼らを前にして、畏怖と羞恥の念が沸々と湧いてくる。彼らに比べれば私などは、一人では死を待つばかりの赤子同然なのだ。

 そう考えを巡らせていたとき、不意に、何処からともなく笛の音にも似た音律が聞こえてきた。木製の弦楽器にも似ている、豊かで柔らかい抑揚を持った旋律だ。

 私は顔を上げて、音の出所を探した。しかし、当然ながらそんな近代的な楽器を鳴らす何者かの姿は確認できない。正体が判然としないまま、音は高くなり、低くなり、徐々に言葉らしきかたちを持ち始める。

 はっとして、ヌェラを見た。口元を覆う顔布が音の抑揚に合わせて揺れ動いている。見回せば他の戦士らの顔布も同様に振動していた。笛の音に聞こえた旋律の正体は、戦士らの歌声だったのだ。

 身体がひとりでに震えた。決して小さくない戦慄が首筋から背中へと広がり、肘の下へと這って行く。呼吸の間隔が急に短くなった。

 動けずにいる私をおいて、儀式は続いていく。戦士らは祈るように合わせていた両手を解き、掌を空へと反して身体をゆっくり揺すり始めた。集落での囁くような会話が嘘だったかのように、戦士らの歌声は黒い木々に、地面に反響する。香油の甘い香りも相俟って、私という個が周囲を満たす空気にとかされ、同化していくようだった

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