「思い」と「想い」の違い
こんにちは、Rinです!
みなさんは、「思い」と「想い」の違いについて考えた事はありますか?
どちらも同じ「オモイ」なのに、この2つの「オモイ」には違うニュアンスが含まれてると考えてます。
「思い」
・対象をおもう心の働き、内容、状態
・物事から自然に感じられる心の状態
「想い」
・対象をおもう心の働き、内容、状態
・物事から自然に感じられる心の状態
と、定義を見ると一見あまり違いはないのですが、これら2つが同じ感情を表すとは、自分の中では到底思えないのです。
確かに、2つの言葉の意味が被る事もあります。
「思想」という言葉があるように、自分自身に対して思う事は、自分自身の感情が元になっています。
つまり、「思想」という言葉の中心には「自分の感想を思考する」という幹があるのです。
しかし、区別して使うと、相手に伝えたい内容を、言葉でしっかりと伝えることが出来ます。
「思い」とは、論理的な言葉を表すときに使うことが多く、あまり感情に任せた使い方はしません。
「思考」「意思」「思惑」など、頭の中で論理的に考えたことのような意味が強いです。
少し対象と距離があるとも言えるかもしれません。
逆に「想い」は、心で感じた感情的な部分を表すときに使われる事が多いです。
なので、心と対象との距離がかなり近い印象があります。
「感想」という言葉がその意味を良く表してますよね。
例えば、本の感想を聞かれた時、あなたは「楽しかった」や「感動した」などと答えるでしょう。
はたまた、「つまらなかった」と言うかもしれません。
それが「感想」です。「想った」事です。
しかし、「思う」という言葉を使うと、相手に対して求める事が全く違ってきます。
この場合、「思考」という言葉で表されている様に、「本の内容から受け取ったことを、考える」といった意味になってしまいます。
なので、本に対してあなたに求められている事が「批評」のような意味になってしまうのです。
このように、同じような言葉の少しのニュアンスの違いで、相手が受け取る意味も求められる事も変わってきてしまいます。
また、「自分のある言葉に対する解釈が相手と違う」なんて事もあります。
それほど、感情を言葉にする事、つまり特定の感情を言葉に当てはめる事は難しいのです。
このような些細な意味の違いにも目を向けてみるのも、言葉の表現の幅が豊かになっていく気がするので、たまには考えてみても良いかもしれませんね。
それでは!
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