マガジンのカバー画像

美術史ノート

10
美術史関連記事。主に19世紀フランス美術と日本の洋画、あるいはその関連について。
運営しているクリエイター

記事一覧

美術品の真贋

美術品の真贋

 「美術品の真贋こぼれ話」という演題ですが、実は、公立の美術館では誰も喜んで真贋について判断したくないようであります。
 なんとなれば、やはり責任と金銭にかかわる問題があるからです。もし真贋の判断を間違った場合、その責任は学芸員個人の責任にとどまらず、もっと上の方まで、公立なら学芸課長とか、美術館長とかまで行ってしまう恐れもあるでしょう。

 公立だからタダで鑑定して、それで間違ったら、責任を取ら

もっとみる
辞典にも年譜にも間違いはある

辞典にも年譜にも間違いはある

 本を読んだり、自分でも文章を書いたりするのが好きな皆さん、今まで何々辞典(事典)などで、間違った記述を発見したことがありますか。

 私の見つけた例は、こういうのがあります。
 それはある人物の生没年に関してです。しかも、それはある「大辞典」一冊のみならず、他の出版社の「大事典」でも同じ人物の項目の生没年が間違っていたのです。いや、3冊目の「大辞典」、4冊目の「物故者事典」でも同じように間違って

もっとみる
小堀進の「霞ヶ浦」1957

小堀進の「霞ヶ浦」1957

小堀進は優れた水彩画家である。その筆さばきは、常にスピード感と力強さ、または軽快感と爽快さを持っている。殆んどためらいを感じさせない大胆な筆遣いは、作品を鑑賞する者にいつも新鮮な感嘆の感情を呼び起こす。

小堀が描いた「霞ヶ浦」と題された作品は複数あるが、"雨柱"または"雨脚"と言われる気象現象(上掲写真を参照されたい)のモティーフを画面空間に投げ入れた1957年の作品が特に面白い。

この雨柱、

もっとみる
ロダンの「三つの影」

ロダンの「三つの影」

 (君がこの常夜の地を無事に脱して地上に戻り、再び美しい星々を仰ぎみんことを。藤谷道夫訳、 ダンテ「地獄篇」の対訳論文より)

 上野の国立西洋美術館にロダンの「地獄の門」がある。その頂上部に「3つの影」がある。茨城県近代美術館のエントランス・ホールに常設展示されているのは、その作品の独立・改変・拡大版の「3つの影」である。

 拡大された「3つの影」を近くで廻りながら観察してみると、同じ男性像の

もっとみる
「ラ・ポルト・シノワーズ」とドソワ夫人の店

「ラ・ポルト・シノワーズ」とドソワ夫人の店

 今日、実に様々な分野でジャポニスムの研究がなされているが、比較的早い時期のジャポニスムに関して、よく名前が出てくるのがドソワ(Desoye/de Soye)夫人(または夫妻)が1860年代の初めに開いたとされる東洋美術を扱う店「ラ・ポルト・シノワーズ」(「支那の門」、「中国の門」)である。

 しかし、この店はドソワ夫人の店ではなく、リヴォリ街に1862年に開かれたわけでもなかった。

 すでに

もっとみる

『北斎漫画』ブラックモン発見の通説

 フランス19世紀後半に活躍した版画家ブラックモンが、1856年に『北斎漫画』を発見したというのは、今日でも通説となっているようだ。
 だが、この通説は、以前から疑念が持たれていた。

 最近、太田記念美術館のブログ記事「浮世絵が陶磁器の包み紙として海を渡ったのは本当?という話。」を読んで、そのことを思い出した。

 その疑念というのは、ブラックモンがというよりも、その発見の年代についてである。

もっとみる
マネの水平線-バルベー・ドールヴィイの評言

マネの水平線-バルベー・ドールヴィイの評言

 三浦篤氏の『移り棲む美術』(2021)の巻頭カラー図版の最初にマネの「キアサージ号とアラバマ号の戦い」が掲載されている。それはこの作品が著者によって重要な作品と考えられているからであろう。

 この作品は画面上方に「高い水平線」が見られるが、それはとりもなおさず、ジャポニスムの重要な影響によるものであることを、氏は最大限、強調しようとしたのである。

 俯瞰的な視点による「高い水平線」は、西洋美

もっとみる
ラファエル・コランの「フロレアル(花月)」とは

ラファエル・コランの「フロレアル(花月)」とは

 三浦篤『移り棲む美術』を読んで、ラファエル・コランの研究が進み、その作品に高い評価が与えられていることをあらためて知った。

 かつては、土方定一や匠秀夫らの著作に見られるように、黒田清輝やその師であるコラン芸術への評価は、それほど高いものではなかった。いや、むしろ反アカデミックな論調が目立っていた。その権力的弊害も説かれていた。

 わたし自身は、コランや黒田の絵画作品そのものに今も心酔するに

もっとみる

北九州市立美術館のドガ作品「マネとマネ夫人像」

 この作品は、切り取られたドガの作品として有名だ。日本ではモネやルノワールの作品に比べ、彼 の作品は比較的少ないので、これは貴重な作品でもある。
 
 画商A.ヴォラールの『画商の想出』(小山敬三訳、昭和25年刊)にマネの「マキシミリアン皇帝の銃殺」に関連して、マネ夫妻像を描いたこの作品の記述が出てくる。「マキシミリアン」は、いくつかのレプリカのある作品で、その一つは、やはり切り取られた作品となっ

もっとみる
ロダンの「考える人」

ロダンの「考える人」

 ロダンの「考える人」は、彼が影響を受けたミケランジェロの作品にもあるようないわゆる思考のポーズをとっていることは明らかだ。(やや不自然に左膝に右肘をつくポーズは、やはり「地獄篇」に関連するカルポー作「ウゴリーノ」の先例がある。)
 「考える人」は、「詩人」とも題され、ロダンの「地獄の門」の当初の構想では、ダンテその人を表現しようとしたものである。
 ロダンは、ダンテの『神曲』「地獄篇」から「地獄

もっとみる