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「サンタさんはいない」 そう言われたときの感覚を覚えておいでだろうか。

誰も俺のことなど知らないし、興味もないだろうが、
それでもときどきメディアの取材を受けることがある。

必要があって自分の過去をほじくる中で、以前に取材してもらったアルク出版の「English Journal」の記事が久々に目に入った。

上にアップしている2009年11月号のこの写真で着ているカーディガン、今この瞬間の俺が着ている。このジーンズもまだ部屋の棚にはあるが、尻が破れて履けない。

俺はもともと物持ちが悪い方ではない。貧乏も手伝って、物はおおむね大事に使う。

それも半分あるだろうが、もう半分、俺は頭が悪いのか、かなり夢見がちで、太りさえしなければジーンズのパンツは一生履けるものだと薄っすらと思っていた。

しかしあるときこのパンツの尻が擦れて穴が開いていることに気が付いた。それと同時に一生履けないのだということに気が付いてしまった。

「サンタさんはいない」

そう言われたときの感覚を覚えておいでだろうか。まるでそうでも言われたようだったのだ。このときのショックがお分かりいただけるだろう。

ジーンズは一生履けない。
サンタさんはいない。

とても悲しい現実だ。

と、こんなことを書くつもりじゃなかったことを勝手に書いておいて、
すでに勝手に気分が滅入ってしまった。申し訳ない。

さて、やっと本日の本題に入ることができる。
我慢して読んでくれてありがとうございます。

「己の力をしんじる」

その当時、いくつかこの言葉で作品を作ったことを思い出す。

「己の力を信じる」には、信じられる自分自身でなくてはならない。

信じられる自分を作るというのはそれは結構大変だ。
自分を疑わない、ということだからだ。

身体的充実や、高い知識や技術、そして強靭な精神。
どこかに不備があればそれが疑う元になる。

ほんのちょっとの疑いを持たぬようにならねばならぬとすれば、
日々の努力は必要不可欠であり、自律の精神も半端ではない。
それらが信じるための根拠になるからだ。

言うのは簡単だが、やるのは大変である。

根拠を持たずにただ無暗に信じようとするだけでは全く意味がない。
そもそもそんな力が自分にあるのかどうか、
自分が一番よく知っているはずである。

たまに、いやたまによりもだいぶ頻繁に、やたらと自分自身を買い被っている本人に出くわすことがあるが、一体何を根拠にそう思っているのか。
タイムマシンで戻れるなら、大学に入ったころの俺に言ってやりたい。

無暗に信じるだけでは全く意味がない。
サンタはいないし、ジーンズも一生は履けないのだ。


で、後ろの青黒の作品…。
当時の心の闇が、なんかグゥエッってでちゃったんだろう感あって怖い。
なんだったんだろうか、思い出せないな。

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