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額にいれる作品を作る場合「裏打ち」と呼ばれる作業をする。 せっかく書けた作品もこの裏打ち作業で失敗すればゴミになる。

書作品を作るというのはただ書けばいいというものではない。

墨をちょちょいとつけた筆で、にょろん、にょろにょろんっっと紙の上にミミズを這わせて、はい出来上がり、1000万円プリーズ~!っていうわけではないのだ。(そうだったらどんなに素敵だろう)

なぜだか書家に対してそんなイメージを持っている人たちがいるのだが、とんでもない話だ。

額にいれる作品を作る場合、「裏打ち」と呼ばれる作業をする。

「裏打ち」とは作品の裏に、もう一枚紙を充てて皺をのばす作業のことだ。これをやらなければ、書きっぱなしの作品は墨が乾くときに紙が縮んでシワシワの状態になっていて、とてもそのままでは飾れない。

これが決して簡単な作業ではない。使っている紙や墨によって常に状況が変わるからだ。せっかく書けた作品も、この裏打ち作業で失敗すればゴミになる。

まず平らなテーブルなどの上に作品を裏向きにして置き、霧吹きで水を打つ。そして刷毛を使って細心の注意を払いながら作品の皺をすべて伸ばす。

水を打っているから墨の粒子も不安定になりがちで、完全に乾いていなければ伸ばすときに墨が散ってしまう。そしたらもちろん台無しだ。
だから作品を書いてから4日から1週間は乾燥に充てている。見た目が乾いていそうでもダメなのである。

水を含んだ紙は破れやすくなっているが、もちろん作品を破くなんてもっての外。論外中の論外だ。

また作品によっては皺伸ばしが異常に困難なときがある。だが皺を残すわけにはいかない。考え込んでいる時間はない。紙全体に水分がいい具合に行き渡っている間に手早く作業する必要がある。どこかが乾き始めれば、そこからまた皺になり始める。この皺伸ばしは、経験と技術の全てを使う、とてもデリケートな作業なのだ。

刷毛を使うと言ったが、これにも注意が必要だ。抜けた刷毛の白い毛は紙の上では紛れて見難い。毛を残したまま紙をあててしまうと、2枚の紙で毛を挟むことになるので後で取ることができない。乾けば毛の後はくっきりと表れる。抜けた刷毛の毛を残してもダメなのだ。

次に裏に充てる紙(鳥の子紙)に水で溶いた糊を塗る。鳥の子は作品より一回り(2,3センチ)大きめの物を準備する。

お察しの通り、この糊の具合も大事である。当然糊にダマが残っていてはダメである。サラサラ過ぎてもダメだし、マヨネーズみたいにドロドロでもダメだ。ちょうどいい加減に調整する必要がある。

これを鳥の子紙に塗るのにも刷毛を使うが、先ほどと同様、毛を残してはいけない。

また隙間なく糊を塗らねばならない。糊の塗られていない場所は仕上がってからその部分だけ作品が浮く。一旦全部塗ったつもりでも、最初の頃に塗った部分が乾き始めていて、塗っていないのと同じ状況になることもある。特に乾燥したシドニーの気候ではそれが出やすい。だから何度も見直しながら手早く作業しなければならない。

これでやっと2枚の紙をくっつける準備ができたわけだ。ここまでで精神的にはもうくたくただ。ただここで気を緩めるわけにはいかない。

片側からゆっくりと鳥の子紙を作品の上に被せていくのだが、そのとき固い刷毛で左右に空気を押し出しながら進める。2枚とも水分を含んているので力の加減によっては紙が破れたり、皺が寄ったりしてしまう。そうなれば失敗だ。

そこまで終われば、鳥の子紙の四辺に糊を塗る。平らな板に貼って乾かすためだ。このときも塗り残しに気を付ける。それが原因で乾く過程で破れることもあるからだ。

テーブルから剥がすときも油断は禁物だ。糊の具合によっては鳥の子紙に作品がくっついてこない場合もある。それにも即時対応しなければならない。それをしくじれば失敗なのだ。

ここまで来て、板に貼るときにだけ気を抜いてもいいとは思わないだろう。
板の余計なところに糊がついたりしないように気をつけながら作品をしっかりと貼り付ける。前述したが作品は水分を含んでいて破れやすい。力の加減は重要事項だ。また余計なところに糊がついてしまうと、作品が板からきれいに剥がれなくなることもある。そうなったらおしまいだ。

お分かりだろうか。もう何もかもが、ダメダメダメのダメダメ尽くし、なのである。これらのダメを細心の注意を払いながら全てクリアしてここまできて、やっと作品が乾くのを待つことになる。

さて、これでもう安心というわけではない。
板と紙の水分、そして空気の乾燥具合によっては作品が引っ張られすぎて乾く段階で破れてしまうことがある。一晩乾かしておいて翌朝来てみて作品がビリビリになっていると呆然としてしまう。この大きすぎるショックは想像してほしい。

一気にざっと書いたが、ここに書ききれていないこともまだあろう。
あの緊張感を思い出したらなんだか興奮してタイプする指が止まらなくなってしまった。

こういう作業のプロは表具師さんだ。
他人の、世界に一つしかない作品を請け負って裏打ち作業をするなんて、よっぽど心臓が強い人間なんだと思う。
失敗したときのことを考えると、とてもじゃないけど人の作品は扱えない。自分の作品なら諦めもつくが、他人のならそうはいかないからだ。俺が書き直してあげるわけにもいかない。

世の中には心臓に毛がぼうぼうに生えた人間がいる(俺の周りにも結構いる)が、俺には到底そうは成れぬと、裏打ちのたびにそう再認識する。

というわけで、たまには職人っぽいことも書いた。
職人ではないんだけども。


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