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ルールのある喧嘩


 ヒップホップ、もう少し厳密に言うと、ラップバトルに出会ったのは確か高校二年生の夏頃だった。

 YouTubeで何の気なしに音楽を聴いていると、たまたまお勧めの欄にラップバトルの動画が出てきたのだ。

 サムネイルの画像だけを見ると、何やらかっこいい男の人二人が向かい合って「今から戦うぞ」というオーラを出している。

 幼い頃に見た戦隊ものに始まり、ドラゴンボール、ワンピース、空手と強そうなものや熱い戦いみたいなものに抑えきれない気持ちの高ぶりを覚えてきた生粋のバトル好き少年としては、見ないわけにはいかなかった。

 動画の欄をタップする。

 データの読み込みが始まり、「どんな感じなのだろう」とワクワクしながら再生が始まるのを待った。

 すると、ほどなくして動画が始まった。

 ライブハウスのような会場に人がパンパンに入っていて、ステージに立っている二人に向けてちぎれんばかりの歓声が浴びせられている。

 どうやらラップバトルの大会の、準決勝のようだった。 

 DJの人が曲を機材でかけ始め、その音に合わせて先攻の人から曲に合わせて相手への攻撃を始めた。

 ラップバトルでは、二分ほどの間にお互いに言葉を曲に合わせてぶつけあって、どちらの言葉に説得力があったか、どちらがかっこよかったかで勝敗を決める。

 8小節4本と、16小節2本という2つがメジャーな戦い方で、短い会話を4往復するものと、長めの会話を2往復するやり方の2つがあるのだ。

 その間にどれだけかかっている音楽にあった声の使い方や言葉の発し方ができるか、母音をそろえた言葉遣いができるか(韻を踏めるか)、相手の言葉に対して受け答え(アンサー)ができるか、などなど楽しむポイントが沢山あるのだ。

 全国規模の大会の準決勝というだけあって、本当にかっこよかった。

 リズムに乗った言葉の言い回しも聞いていて心地いいし、ただ単に勝負するのではなくて相手への尊敬の念(リスペクト)もあって、本当に心が内側からメラメラと燃え上がってくる感覚がした。

 全身に鳥肌が立つというよりは、ピリピリとした静電気が流れてぞわっとする感じ。バチバチの戦いなのだけれど、愛を感じる。

 この動画一本でラップバトルにはまってしまった。

 そこから、他のラップバトルの動画も食い入るように見ていった。

 本当に、「どんな訓練をしたらこんなにするすると曲に合わせて韻を踏みながら言葉が出てくるのだろうか」と不思議に思ってしまうほど、かっこいい人達ばかりだ。

 熱い、燃え滾るような闘争本能を掻き立ててくるこのラップバトルの熱にうなされそうだった。


 ただ、中には喧嘩寸前になってしまうものもあるし、ラップバトルではディスという相手への攻撃の言葉を使うことが多いので、バチバチのバトルになることが多い。

 だから、ラップは「怖い人達がやるものだ」という認識になってしまうことが多い。僕自身もラップバトルを見始めて半年から1年経つぐらいまではそう思っていた。

 しかし、ふとあるとき「これだけラップバトルを見て楽しんでいるのだから、少しラップについて調べてみるか」と思って、起源や楽しみ方について調べてみたことがある。

 すると、意外なことにラップバトルやヒップホップ文化は平和の象徴なのだと気が付くことになった。

 もともと、ラップバトルを含めたヒップホップカルチャーはアメリカの東海岸が発祥らしい。

 公園などにお金のない若者たちが集まって、「派手なクラブなどには行けないけれど楽しみたい」という欲求からヒップホップ文化が生まれたらしいのだ。

 その中の一つがラップバトルだったという訳だ。

 当時武力による闘争が激しかったので、言葉による喧嘩で決着をつけようという動きもあったらしい。

 だから、あれだけ熾烈なバトルを繰り広げて、「危ない人達がやるものだ」というイメージが付いてしまっているラップバトルも、本当は平和の象徴なのだと思うと、少し暖かな気持ちになった。

 今ラップをやっている人達はそんなつもりではやっていないかもしれないけれど、あの熱い戦いが平和を表していると思うと、少し嬉しくなってくる。

 このバチバチの口喧嘩が昔は武力によるものだったと思うと、ルールのある喧嘩は若者や闘争本能強めの人達のエネルギー発散になっていいなとも思うのだ。

 自分も幼い頃から空手を始めて、皆が少しやんちゃになってくるぐらいの年にはとてつもないエネルギー量で空手に打ち込んでいた。

 そのお陰で、有り余ったエネルギーのぶつけどころが確保されていた。

 空手をやっていなかったら、思春期特有のストレスに、有り余ったエネルギーが掛け算されて変な道に行くようなことがあったかもしれない。

 だから、空手もそうだし、ラップバトルもそうだけれど、「ルールのある喧嘩」って大切だと思うのだ。

 現在のヒップホップカルチャーは一つの文化というか、伝統として人々の心を世界中で打っている。

 ただ、人が純粋な熱量やエネルギーをぶつける場所にもなっていると思うのだ。戦争や争いごとは全て言葉で解決できればいいのに、という考え方がある。

 なかなかそう上手くいっていないのが現状だとは思うけれど、言葉やルールのある喧嘩で決められるようになればいいのにな、と思うようになった。

 そこには単なる攻撃だけではなく、相手に対する尊敬の念というか、相手を尊重する気持ちを持つ余白があるからだ。

 死ぬ危険がある状況で冷静な判断はできなくなってしまうと思う。

 ルールのある喧嘩、これがもっと必要なのではないかと思った。






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