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新型コロナウイルスが5類に引き下げされる⁉

――僕らはもうすぐコロナ禍を乗り越えます。失ったものは数知れないけれど、近い将来、この歴史的事件について振り返ることになるのです。


人生は物語。
どうも横山黎です。

今回は「新型コロナウイルスが5類に引き下げされる⁉」というテーマで話していこうと思います。

📚コロナがインフルと同等に⁉

僕は普段あんまりこまめにニュースをチェックしないんですが、今日スマホに流れてきたとあるネットニュースをのぞいてしまいました。タイトルにもあるように、新型コロナウイルスに関する話題です。

新型コロナウイルスの分類を2類から5類に引き下げることを、岸田首相が厚生労働省に指示したとのこと。

今までは2類だったので緊急事態宣言などの処置を出すことができたり、隔離期間を設けることができたりしたわけですが、5類に引き下げられれば季節性インフルエンザと同等の対応になり、検査や入院にかかる費用は自己負担になります。もちろんインフルエンザと全く同じ対応を取るわけではないですが、コロナ禍が終息へ向かっていっているといえるのではないでしょうか。

そもそも感染症の歴史を辿ると、ウイルスをゼロにするということは難しくて、天然痘くらい。ペストもコレラもまだ感染者はいるらしいです。そもそも毎年のようにインフルエンザ感染者はいるわけだし、コロナ感染者をゼロにすることをゴールと設定することはしない方がいいわけですよね。つまり、もう大丈夫だね、そんなに騒ぐことないよね、と国がテープを張った場所がゴールに成り得るというわけです。

2類から5類へと引き下げる方針を示したということは、そろそろゴールテープを持ち始めたということ。毎日感染者や陽性者の報道に騒ぐような日々が終わりに向かっているということです。


およそ3年間。

決して短いとはいえない時間でした。しかし、僕らはもうすぐコロナ禍を乗り越えます。失ったものは数知れないけれど、近い将来、この歴史的事件について振り返ることになるのです。

僕は物語る人だから、自分なりの答えを作品の中で出そうと考えていて、それが今作っている『君はマスクを取らない』という物語です。だからこそ、僕はこの度のニュースを見過ごせなかったし、こうして記事にしようと思ったのです。


📚「マスク」という当たり前

『君はマスクを取らない』は青春純愛物語です。

詩が好きな男子高生と、いつもマスクをつけている女子高生が紡ぐ「言葉」の話。コロナ以前からコロナ時代、そしてコロナ後までを描くことによって、コロナとは何だったのか、僕なりの答えを出そうと考えています。

結論からいってしまえば、「変わり続ける世界の中でも揺らぐことのない、自分の大切なもの」がテーマです。


さっきも言ったように、コロナ前、コロナ時代、コロナ後を描くので、「マスクをつけない時代」→「マスクをつける時代」→「マスクをつけない時代」という変遷があるわけですが、ヒロインの子はこの3時代をずっとマスクを取らずに過ごしているんです。

ずっと「マスクをつける時代」なんです。


コロナ前って、マスクをずっとつけている人ってそんなにいなかったじゃないですか。なんか具合悪そうとか、近寄りにくいとか、マスクを取らない人をそんな風に捉えていたことが多かったと思うんです。

でも、コロナ時代、誰もがマスクをつけることになって、当たり前が変わって、逆にマスクをつけない人をとやかく言うようになった。そりゃあ、感染防止という目的があるから正しさでいったら、マスクをつけている人の方にあるけれど、そうじゃない場合もある。

たとえば、僕はバイトで一時期、二重マスクとか、マスクの上にフェイスシールドとか、フル装備でサービス業に携わっていたんですが、いや、どう考えてもやりすぎじゃない?と思っていました。はじめの方は面白がっていたけれど、話は通らないし、息苦しいし、メリットなんてひとつもありません。

また、真夏でもマスクをつけろと過剰にいうのにも変な話だなと思っていて、コロナ感染予防していたら熱中症になっちゃいました、って笑えないじゃないですか。

これもバイトの話だけど、夏場、ひとりでももくもくと作業しているときに、熱いからマスクを取っていたら、何人かの先輩から「マスクしろよ」と注意されたんです。いや、しゃべっていないし、もししゃべるときはマスクするし、体調崩したくないから自己管理しているのに、そんなこと言わないでよ!って心の中で反抗していました。

この前、京都に行ったときも、行き帰りの深夜バスの中でマスクを必ずつけてくださいって言われたからつけていたんですけど、いや、寝るだけだしよくない?って思ってしまいました。中には少し咳をしている乗客がいたからその人はつけてよって思ったけど、他の人に強制することはないのでは?と疑問だったんですよね。


📚「絶対」を守り続ける

書いていたらいろいろ思い出しちゃって長くなってしまいましたが、『君はマスクを取らない』に話を戻しますね。

マスクをつけることが目的になっていて、自分の命を守ることが二の次になっているような場面って結構あった気がします。だからこそ、マスクをつける当たり前から外れた人を、とにかく悪に仕立てる風潮があった気がするんです。是が非でもマスクをつけなきゃいけないわけじゃないじゃないですか。

コロナ前はマスクをつけていない人が当たり前だったのに、コロナ時代はマスクをつける人が当たり前になっている。どちらも当たり前の枠外の人に対する視線は好ましくないもので、差別や排除の対象になったりしてしまう。

それでも、物語のヒロインの女子高生は当たり前とか当たり前じゃないとか世界や時代の流れに関わらず、マスクをつけているんです。何が起きようと、自分の大切なものを守るためにマスクを取らないんです。

それが、この物語の大きなポイントであり、僕からのメッセージだったりします。


何が起きても変わらないもの。

それを僕は「絶対」と呼んだりしています。ヒロインにとってはそれが「マスク」だったわけです。いや、どういうこと?と思われるかもしれませんが、そのあたりの事情はお楽しみにってことで。


どれだけ世界が廻っても、
どれだけ時代が移っても、
自分の中にある「絶対」を
守り続ける。

簡単にいえば、これが僕がコロナから教わった知見です。

もうすぐこの3年の狂乱は落ち着いて、また新しい日常が始まります。過去を振り返って、現在地を確かめて、次の未来をどう生きるのか、考えても良い頃かもしれません。最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

20230120 横山黎


今日の1冊

『茜さす日に嘘を隠して』

第3話の「手紙」を読みました。シンガーソングライターの女子大生が自殺した知らない男子校生を思って書いた「手紙」という曲。その経験を通じて「誰かに伝える」ことと向き合うわけですが、僕もじんと来るものがありました。


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