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ロックダウンという非日常

ナマステ!
今日2本目でございます。土日を挟んで明日からネパール語の授業がまた始まるので宿題を終わらせなければ。。。

本日は
「ロックダウンという非日常」

僕は、誰もが経験することができないロックダウンを経験した。

2020年の3月終わりだった。僕はその頃ネパールで親友と2人、日本居酒屋を経営していた。新年一発目の1月は思うように売上が伸びず、すごくもどかしい気持ちだったのが懐かしい。

そこから気を引き締め直して迎えた二月で過去最高売り上げを更新。そのままの勢いで3月も過去最高売り上げ更新はもう目の前だった。

そんなある日、突然訪れたロックダウン。

街から人が消えた。

もちろん、僕らのお店にもお客さんは誰も来なくなり、過去最高売り上げを更新することはできなかった。そもそも、お店を開けることさえできなかった。

僕らのお店はネパールの1番の都会タメルチョークから歩いて5分。日本で言えば渋谷だ。

その渋谷の全てのお店が閉店し、スクランブル交差点を誰も歩かないという光景を想像してみてほしい。

ぞっとするでしょ。

でも、本当にそんな世界にある日突然変わったのだ。

最初は家を出ることさえ許されなかった。1週間ほどして少しルールが整備されたかと思えば、決まった時間1時間だけ買い物ができるというルールだった。

一度僕らは、決められた時間以外にこっそり外に出て警察に捕まり、30分ほど外で座らされた経験がある。警官もそんなことをしたくなかっただろうけど、これがロックダウンだった。今となっては笑い話だけど、当時はかなりしんどかった。

そんな生活が2ヶ月続いた。僕らは途中でお店を閉め、日本に帰る決意をしたからまだ短かったが、ネパールの人はもっと長い期間この苦痛を経験していたのだ。

日本も緊急事態宣言はあったが、まるでネパールのロックダウンとは違った。電車は走っているし、お店も夜以外は基本的に空いている。街では普通に歩いている人がいた。

ネパールの景色は本当に世紀末みたいだった。

そんなロックダウンのことをふと思い出し、書きたくなった。もちろんロックダウンの中でも素敵な思い出もあるし、まだ書ききれていない辛かった思い出もある。

この記事に収まりきらないので明日、明後日と分けて書いていきたい。よかったら続編も見てくださると嬉しいです。フェリベトウンラ!

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