五匹の赤い鰊

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山田風太郎『叛旗兵』

藤沢周平の他に直江兼続の出てくる小説を、ということで読んで見た。兼続だけではなく、本多政重も登場。『密謀』では牧静四郎だったが、こちらに登場するのはご本人。 関ヶ原合戦から十年、上杉家に難題が吹っ掛けられた。徳川家の本多正信の次男、政重を直江兼続の養女・伽羅と結婚させ、直江家の婿にしたいというのである。直江家をあかさらまに乗っ取ろうとする動きに、直江家の家臣、直江四天王を名乗る、前田利太、上泉泰綱、岡野左内、車丹波らは憤慨するが、直江兼続は婿養子の話を跳ねつけ、伽羅に別の婿

    • 藤沢周平『密謀』

      藤沢周平は言わずと知れた大作家だが、実は未読。歴史小説に比べて時代小説は敬遠していたのである。というわけで今回はじめての藤沢周平。もっとも本書の主人公は直江兼続なので、歴史小説と言えよう。 時は小牧長久手の戦いのころ、信濃の国境境で誰にも知られない暗闘があった。忍び(草の者)同志の戦いである。 応戦する一方の忍びは上杉家の直江兼続の手勢の者たち。徳川家の浜松城下から領国に帰還するところ、服部半蔵配下に襲撃されたのだ。 徳川の忍びをなんとか撃退し、一行は帰路をゆく。その途中で

      • 黒田基樹『羽柴家崩壊』

        豊臣家は関ヶ原の戦いの結果、摂津周辺を収める単なる一大名になってしまった……と昔はよく言われていた。近年では豊臣家から徳川家の政権交代の研究も進み、両家はある時期まではともに諸大名を従える存在であったという「二重公儀政権論」も唱えられている。著者の黒田基樹先生は大河ドラマ「真田丸」で時代考証を担当したことをきっかけに豊臣家(黒田先生の記載に従うなら「羽柴家」)の資料に触れ、特に羽柴秀頼・茶々と片桐且元の関係に興味を持つようになった、とのこと。 関ヶ原の戦い以後の羽柴家とはどの

        • 牧野信一『ゼーロン』

          五月に読んだ本その3。 なんとなくこれまで読んだことのない作家を読もうかと思い、牧野信一のこの短編だけ読んでみた。代表作だけあって流石の出来。 主人公は田舎へブロンズ像を預けに行こうとしている。知人の彫刻家が主人公をモデルに作ってくれたものだ。困窮の果てに家財を処分せざるを得なくなっており、彫刻家のパトロンに渡そうというのだ。 知人の彫刻家はすでに名を知られているようであるが、このマキノ氏像については、なんでこんな奴の像など作るのか、と甚だ不評であるらしい。 故郷へは馬に乗

        山田風太郎『叛旗兵』

          Re-ClaM eX Vol.4(パトリック・クェンティン特集)

          五月に読んだ本のまとめ。二つ目は文フリで購入した、Re-ClaM eX Vol.4。パトリック・クェンティンの未訳短編をまとめた特集で、「出口なし」「待っていた女」「嫌われ者の女」の3篇が収録されている。 「出口なし」 軍隊帰りの主人公が、元妻の無実を確かめるために、自らも疑惑をかけられながらも事件を探すというサスペンス。真相はどうというわけでもないけど、コンパクトと手紙を軸に、事件は細かな手がかりで二転三転し、それに主人公の複雑な人間関係のドラマが絡んでくる。 「待って

          Re-ClaM eX Vol.4(パトリック・クェンティン特集)

          ブレット・ハリデイ『死の配当』

          五月に読んだ本のまとめ。ひとつ目はブレット・ハリデイ。 ブレット・ハリデイ『死の配当』 ブレット・ハリデイといえばヘレン・マクロイとの結婚、離婚で有名なハードボイルド作家だけど、作品はあまり知られていない。マイクル・シェーン・シリーズも一部しか邦訳がなく、しかも絶版である。たまたまシリーズ一作目が手に入ったので読んだわけだけど、けっこう面白かった。 主人公はマイクル・シェーン。観光地マイアミのホテルを住居兼事務所にしている私立探偵だ。彼のもとにやって来た依頼人、フィリス・ブ

          ブレット・ハリデイ『死の配当』

          ウィリアム・アイリッシュ『幻の女』/『喪服のランデブー』

          四月に読んだ本のまとめその2 ウィリアム・アイリッシュ(コーネル・ウールリッチ)は昔『黒い天使』を読んで、あまり面白くなかったので敬遠していたのだが、ノワールとか少女漫画系のサスペンスとかの大元にちょっと興味があり、ある程度まとめて読んでみようかと手に取った。 ウィリアム・アイリッシュ『幻の女』 代表作だけあってなかなかの出来。 妻と喧嘩をして夜の街を彷徨っている男が、何気なく入った店で一人の女と出会う。パンプキンのような帽子を被ったその女とちょっとしたデートをして、別

          ウィリアム・アイリッシュ『幻の女』/『喪服のランデブー』

          丸谷才一『樹影譚』

          先月読んだ本のまとめ。 丸谷才一はエッセイは読んだことがあるけど小説は何気に読んだことないな、ということで購入。 読むなら代表作の「笹まくら」かな?とも思ったけど、こちらの「樹影譚」も短編の代表作なので、まあ良いか。 「樹影譚」のほかには2篇の短編が収録されており、本自体はとても薄いつくり。 「鈍感な青年」 ある青年と女の子が、デートで住吉の祭りに行き、初めて事に及ぶもあまりぱっとしない終わり方をする……という、ストーリーだけだと牧歌的というか、どうと言うことのない話。

          丸谷才一『樹影譚』

          3月に読んだ本(カーター・ブラウン『ダムダム』/山田風太郎『忍びの卍』/車谷長吉『赤目四十八瀧心中未遂』/安岡章太郎『安岡章太郎短編集』)

          カーター・ブラウン『ダムダム』 カーター・ブラウンは通俗ハードボイルドと呼ばれて、チャンドラーやらロス・マクドナルドやらに比べると評価はずっと低いのだろうけど、自分は結構好きで、古本屋で見かけると何となく買っている。 この作品も結構良かった。タイトルの「ダムダム」とはダムダム弾のこと。売れない芸人たちが住んでいる家で死体が発見される。死体はヤクザのもので、ダムダム弾でみるも無惨なありさまになっている。屋敷の住人は一癖も二癖もあるある人間ばかりだが、彼らの他に屋敷の元の持ち主で

          3月に読んだ本(カーター・ブラウン『ダムダム』/山田風太郎『忍びの卍』/車谷長吉『赤目四十八瀧心中未遂』/安岡章太郎『安岡章太郎短編集』)

          カーター・ディクスン(ジョン・ディクスン・カー)『白い僧院の殺人』

          だいぶ前だけど新訳が出たのでカーター・ディクスン『白い僧院の殺人』を読み返していた。 『白い僧院の殺人』はカーター・ディクスン(ジョン・ディクスン・カー)が1934年に発表したヘンリ・メルヴェール卿シリーズの第二作。作中で、相棒の刑事マスターズ警部が一作目の『プレーグ・コートの殺人』に触れているのがどことなく初々しい。 物語はジェームズ・ベネット青年が叔父であるヘンリ・メルヴェール卿を訪ねるところからスタートする。ベネット青年はアメリカ政府の外交官で、イギリス政府のカニフェ

          カーター・ディクスン(ジョン・ディクスン・カー)『白い僧院の殺人』

          ジョン・ディクスン・カー『連続自殺事件』

          記憶が曖昧なのだが、この作品、昔は『連続殺人事件』という邦題ではなかっただろうか?むかし何かの感想サイトで「自殺か殺人かわからないのが魅力なのにこんな邦題をつけるなんて!」という批判を読んだ記憶がある。 今回初めて読んだのだが、なぜかシリアルキラーによる都市型犯罪を扱った本かと思い込んでいた。もちろん、カーがそんな話書くわけもないのだが、やはり旧邦題(?)に引きづられていたのか? 実際はこんな話。 ロンドンの空襲が始まる週間前、若き歴史学者アラン・キャンベルはグラスゴー行きの

          ジョン・ディクスン・カー『連続自殺事件』

          ヒラリー・ウォー『生まれながらの犠牲者』

          あまりに気にしたことがなかったのだが、ヒラリー・ウォーという作家、世間的な評価はどんなものなのであろう? 「言わずとしれた警察小説の巨匠」くらいの感覚だったのだが、案外未訳の長編も多く、代表作『冷え切った週末』『時間当夜は雨』は品切れらしい。 丁寧なプロットは本格ミステリマニアからの評価も高い……はずだが、ウォーを謎解き作家として評価した瀬戸川猛資の『夜明けの睡魔』でも、そもそも忘れられた作家と呼ばれているし。 アメリカ探偵作家クラブからグランドマスター賞なんかを受賞している

          ヒラリー・ウォー『生まれながらの犠牲者』

          鮎川哲也『偽りの墳墓』

          昔大量に放送していた二時間ドラマも、今はあまりやっていないらしい。ドラマ自体の記憶も、もともと大して残っていなかったりするのだが、この『偽りの墳墓』を原作にしたドラマは別で、子どものころ見た記憶がはっきりとある。というか、謎解きシーンでこのアリバイトリックなんか知ってるな、と思っていたら昔ドラマを見たことがあるのを思い出したのだった。ドラマで覚えていたのはトリックだけなので、それ以外のストーリーがどれだけ忠実にドラマ化されていたかはよくわからない。 原作小説はこんな話。 舞

          鮎川哲也『偽りの墳墓』

          内田康夫『平家伝説殺人事件』

          子どもというのは案外保守的なもので、物語の「お約束」を守らない作品には忌避感を持ったりする。 自分の場合もそういうところがあって、この『平家伝説殺人事件』など、浅見光彦シリーズをちょくちょく読んでいたにもかかわらず、子どものころ明確に手に取るのを避けていた。 要するにヒロインが予知能力を持っているという前評判一点で気に入らない認定をしていたのですな。 実際に読むと、作中に描かれる「予知能力」は、あるんだかないんだからわからない、演出止まりのささやかな使い方。ロマンチックな雰囲

          内田康夫『平家伝説殺人事件』

          マイクル・イネス『ある詩人への挽歌』

          ようやくマイクル・イネス『ある詩人への挽歌』を読んだ。 しばらく本屋に行っていなかったので、イネスが新刊で出ていることを知らなかったのである。 おのれのアンテナの低さを恥じつつ、少しづつ読んでいた。 「マイクル・イネスは高尚で文学的な作家などではなく、ゲラゲラ笑える作家である」と言うのは、昔から殊能将之先生などが主張していたことだが、昔はじめて『ストップ・プレス』を読んだときなんかは、なんだかんだヒイヒイ言いながら読んでたように思う。それが今回は非常にスムーズに、面白く読

          マイクル・イネス『ある詩人への挽歌』

          石川淳『山桜』

          たまにはミステリ以外の本を──と思って石川淳の短編集を読んでいる。 私小説の人ではないので、エンタメ本ばっかり読んでいる自分でもなんとか読めるでしょう──たぶん。 少なくとも、この「山桜」はわかりやすく幻想小説で、わりと読めた。冒頭がとんでもない長文で面食らうが、それから先は読みやすい。 話はシンプル──というよりストーリーらしいストーリーはなくて、売れない画家の「わたし」が親戚の善作に金を借りに行く。「わたし」は夢想癖があり、ネルヴァルの小説を読んでは突然街中を歩きまわり、

          石川淳『山桜』